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- 3/25/2021 伊丹敬之 著「日本企業の復活力」を読んで
10年前の東北大震災のあとの復興と日本人の協力・団結・忍耐・秩序に感心した外国の友人は一様に、日本人の「resilience」を称賛しました.弾力ある跳ね返す力、即ち復元力が素晴らしい (resilient) と言いました.さらに、火事場泥棒のような「vandalism」(ヴァンダリズム・破壊行為) が無い社会秩序が存在するのには感動を覚えるとまで言っていました. その我が国は、バブル崩壊後の失われた30年経った今日の活力と勢いの乏しさには第二の敗戦を経験しているかのようにさえ感じます.敗戦より始末が悪いのは、敗戦した自覚なく日々過ごしていることです.負けた認識がないので、resilience の発揮の仕様がありません.そして、坂をずるずると危険を感知しないまま転げ落ちているかのようです. コロナ禍終息後に訪れる「戦後」に我が国と国民は resilience たくましく挑戦して、復興・復活して行くのでしょうか? 日本人の美徳・勤勉・集団秩序などの長所が目覚ましい経済成長を可能にした要因だったのは間違いありません.長所が最大限活かせたのが第二次産業分野だったからです.所得倍増の結果、製造業は国際移転を余儀なくされ日本はもはや付加価値の高くない第二次産業を柱としては立脚できない経済基盤の時代にいます.第三次産業、情報ソフト産業、付加価値の高いニッチな産業が国を支えねばならない段階に来ています.競合相手は教育水準の高い先進国と昇龍の発展途上国です.政・官・民が一枚岩で挑戦せねば勝てる戦ではあり得ません.今後、国際化とIT化の波に益々飲み込まれていきます.Communication literacy と IT + Computer literacy の優劣が国の運命を決めかねない時代に突入しています.政・官・民、全てのレベルで日本は優等とはいえず、むしろ先進国の中では劣等化しつつあると言っても過言ではありません.下手をすると先進国の仲間から外されかねません.将来を見据えた長いスパンで教育を如何にするかは50年後、100年後の日本の命運を決めかねない大問題のひとつです.詰まるところ、人の問題です.その位の危機意識の下、敗戦から復活せんとする、産業・学術・教育面での気概・ヴィジョン・具体的戦略戦術が不可欠です. 伊丹敬之氏の視点と論点は全くご尤もな一各論で、賛同します.よく言われる、「Number One」よりむしろ「Only One」を目指せと.世界を席巻している GAFA は今でこそそれぞれの分野で Number One ですが、創業当時は Only One 的発想で成長したのではないでしょうか. 全体を包括する正しい建設的な総論の中にあって、幾多の魅力的して高付加価値を産む各論が整合してほしいものです. http://blog.livedoor.jp/kawazuisamu/archives/2021-01-24.html https://osaru-books.com/books/current-events/resurrection-power-of-japanese-companies/
- 3/23/2021 本のレビュー「青い眼が欲しい」トニ・モリソン著
〈作者と内容〉 ノーベル文学賞受賞作家、トニ・モリソンが書いた「青い眼が欲しい」は衝撃的だった.モリソンはアメリカの黒人女性についての物語が圧倒的だが、ブック・クラブで彼女の作品を読むのは初めて.「黒人少女達はこんなコンプレックスを今も持ち続けているのだろうか?」というクエスチョンを持ちながら読み進めた. 大恐慌時代のアメリカでクローディア(本の中では「私」)が語る、主人公ピコーラという黒人少女の話.小学生のピコーラは父親が刑務所に入ったことでクローディアの家族と一緒に住み始めるが、周囲の差別や家庭内暴力などで荒んだ環境は、自分の眼が青く容姿が可愛ければ生活が変わるに違いないと信じている.青い眼になるよう毎日祈り続け、一年経ってもその願いは叶わず、環境も変わらない.偽牧師のソープヘッドにも青い眼が欲しいと訴える.学校では白人の同級生は夢のような生活をしていることを想像し、裕福な黒人の同級生にも憧れる.望まない妊娠、差別など常に苦境におかれるピコーラ. (本の後書きには、この本も否定され続け、やっと25年後に出版された、とある) 〈ブッククラブでの感想〉 人種によって住む地区が明確に分かれているシカゴで学生時代を送った私は、地元のニュースで外見的なことは分かれど、内面的な誇り、劣等感、生活事情は実際に知り合いがいないと分からない.現在はウェブやソーシャル・ネットワーク等で知ることができるが、その深さと複雑さで、2~3日頭から離れない話もあった. 社会学で習った「劣悪な環境で育った場合、その環境から抜け出そうと高等教育を受けたり、活動を始める人はいるけれど、実際は周囲や家族の反対や、足の引っ張られ等により、その劣悪な環境にとどまる人が多い.特に黒人はその問題が深い」ということ.誰しもコンプレックスはあると思うが、読後もやはり「こんな幼くても社会が決めた「美」で自己否定し、アメリカ人でもコンプレックスと苦労の塊のような人が存在するとは!」というのが私の感想.幼少の頃から「青い眼」さえあれば自分の問題は解決する、と思わせたのは社会の強い風潮であり、幼児でも「白人は幸せな人たち」と感じていたのだろう.ピコーラに訪れるあらゆる不幸と不運(特に父親のこと)は、出たらめ霊媒師や差別主義者の白人店主とのやりとりの場面などで、内面と外見のコンプレックスがすべての行動と感情に出てくる.時には読み進めるのが辛い場面もある.ブック・クラブの課題図書にならなければ、この「読むべき本」は読破できなかったと思う.また、アメリカの黒人社会の深さを知らなかった時に読むとショックで眠れなかった気がする.時代は違うが、ミシェル・オバマの人生とも対照的で(どちらも人種を気にしながら通学する少女時代だったけれど)、苦労や努力が報われるかどうかで人生は両極端となる.また「自由」という定義の広さも、メンバーとの会話の中で考えさせられた. そして、メンバーの感想を一部抜粋すると、、、 「African Americanの少女の話は読んでいて胸が痛くなりますが、読書によってこういう気持ちにさせられるのはさすがだと思いました.」 「今月の本を日本語で読んで「この文章は英語で何と書いてあるのだろう?」と思うところがたくさんあり、時間がなくなり英語で読めなかったのが残念.Toni Morrisonのドキュメンタリー映画をご覧になったSさんが彼女の別の作品もぜひ読んでみたい、と言われていたのが納得いくほど彼女の作品は強烈で、同じ人種でないと理解できないのかもしれないが私もまた読んでみたい.」 「Bluest Eyesは、とても圧倒される本でした.そして私にはとても助けになる本でした.それにしても黒人の人たちがくぐり抜けてきた環境というのはなんと厳しいものなのでしょう、そして今でも.実は図書館でToni Morrison原作の"Beloved" の映画を借りて見始めたのですが、あまりにも暗くてそして複雑怪奇でギブ・アップしてしました。Wikiを読んでようやく意味はわかり始めましたがこれは"The Bluest Eye"の上をいく暗さです. 「Bluest Eyesに出会えて、読み通せて光栄でした.重い歴史事実をつきつけられ、作者の鋭い洞察と人間愛に圧倒され続けましたが、消化不良感も含め、皆さんと共有できてほっとしました.Toni Morrisonの生み出す文学、私もまた是非チャレンジしたいです.先ずはビデオ探してみます.」 https://www.youtube.com/watch?v=_8Zgu2hrs2k
- 3/22/2021 映画レビュー「オードリー」伝記・ドキュメンタリー
数年前にオードリー・ヘプバーンについての別の映画を見たことがあるので、彼女については既によく知っていると思っていた.よってこの映画を観ようとは思わなかったが、結果としてこの映画を観てよかったと思う.様々の写真、初期のホーム・ムービー、ニュース・クリップにより、非常に興味深いドキュメンタリーに出来上がっている. このドキュメンタリーは彼女の個人的な生活とハリウッドでのキャリアをカバーしている.オランダで生まれた彼女は、ナチスの占領を生き延びたが、彼女の多くの同胞のように栄養失調に苦しんでいた.栄養失調は彼女の人生、キャリアに影響を与えた.子供の頃、彼女はバレリーナになりたいと思っていた.戦後、彼女の体は栄養失調で、その為に彼女は仲間のレベルで踊ることができなかった.バレーを諦め演技に転向し、直後、すぐにスターになり、24歳で最初のアカデミー賞を受賞した. 彼女の友人、家族、同僚の多くは、オードリーの考えや思い出を語り、このドキュメンタリーを非常に感動的にしている.彼女の夫とユベール・ド・ジバンシーとの関係はよく記録されている.ドキュメンタリーの最後に、ユニセフのグローバル・アンバサダー(大使)としての彼女を紹介している.これは、彼女の子供たちへの大きな愛情と、彼女が死ぬまでユニセフのために行った素晴らしい奉仕である. https://www.youtube.com/watch?v=DOY77nyd6fY https://www.youtube.com/watch?v=zahSEExjjFs
- 2/23/2021 金蒔絵の世界
この冬は驚異的な量の凍結を伴った霙(みぞれ)、二回の氷嵐が2月まで続いた.凍っていないときは、地面はもう雨を吸収できず、池は満水状態、草地はぬかり、滑り易い.5頭のジャーマン・シェパードを運動させるためには、気象条件に関係なく、午前と午後、外に出す.幸いなことに、ジャーマン・シェパードは身についた自然のダブルコートを着て、寒くて濡れた庭でも戯れて遊んでいる.私たちは防水層で覆われた暖かい服でギア・アップ.長い冬の一ヶ月が過ぎていく. 月の後半、ある嵐の後、私は午後、犬と一緒に外へ出た.嵐はすでに通り抜け、嵐の残骸の雲が空を埋め尽くしている.これから数日間は雨が降らない日が続く予定.1時間ほど犬を遊ばせた後、餌を与えて、犬小屋を掃除し、私は彼らに「おやすみなさい」のトリートを探しに家に戻った. 丁度、太陽が沈み始めたところだった.私が庭に戻ったとき、私は最も壮観な光景を見た.私の周りの木々や岡の上を、終日に投げられた日没の長い黒い影を越して、金色の美しい輝きが放たれていた.日の出直後または日没前の黄金の時間で、太陽の柔らかい黄金色がすべてを覆っていた.太陽が雲の下に光をもたらし、黄金色のトーンが強烈で、今まで見たこともない壮麗な景色.冬の寒さを終わらせ、春を願っているかの如く繰り広げられた金蒔絵の世界は唯ただ美しかった. “Gold are the great trees overhead, And gold the leaf-strewn grass, As though a cloth of gold were spread To let a seraph pass. And where the pageant should go by, Meadow and wood and stream, The world is all of lacquered gold, Expectant as a dream” Carmen Bliss 頭上の大きな木は金蒔絵 そして落ち葉が散らばった草原は黄金色に 熾(し)天使が通り抜けたかのように 金の布が広がる そして、壮麗な行列が通り過ぎるべき場所 それは牧草地と木と小川 全て世界は金蒔絵 夢として待ち設ける カルメン・ブリス
- 3/17/2021 嵐の翌日コロラドから
大嵐が過ぎた後、今日は、クロス・カントリー・スキーに最高、完璧な一日でした.庭に降りて東側の西向きからとった山々の姿です.
- 3/15/2021 「The Ides of March」ヘンデル 歌劇「ジュリアス・シーザー」
紀元前44年3月15日(The Ides of March, ローマ暦の74日目)ジュリアス・シーザーは、占い師から警告をされた通り暗殺された.その数年前のシーザーのエジプトでの状況を、ヘンデルは、歌劇「ジュリアス・シーザー」の中のアリアで語っている.用心深くて不信感の強いシーザーは裏切られることを確信し、自分を「ハンターが獲物を追跡している」状況に置き換えて歌う.(Burton-Hill) HWV 17「エジプトのジュリアス・シーザー」は、1724年にジョージ・フレデリック・ヘンデルが王立音楽院のために書いた3幕のイタリア・オペラ.このオペラは、もともとカストラ―ト(近代以前のヨーロッパに普及した去勢された男性歌手)のために作曲された最も美しいヘンデルのアリアのひとつである.音楽の世界でのカストラートの制度は西欧では1870年に禁止されたため、現在はカウンター・テナーによって歌わている. 編集者が選んだレコーディングは、メゾ・ソプラノの Dame サラ・コノリーのパーフォーマンスによるもので、素晴らしい歌唱力と演技力との珍しい組み合わせが楽しめる.このアリアに限ってはメゾ・ソプラノの声のほうがカウンター・テナーのそれよりも自然で安定しているように思う.現代の(フレンチ)ホルンの前身である、ナチュラル・ホルンのソロのオブリガートも美しい. https://www.youtube.com/watch?v=fieBT98DCLc Va tacito e nascosto, The wise hunter 抜け目の無い狩人は Quand’avido è di preda, seeing prey 一度獲物を見つけると、 Làstuto cacciator. Goes silently and stealthily. 足音を忍ばせて、そうっとやって来る. E chi è a mal far disposto, And he who intends evil そのように悪事を抱く者は Non brama che si veda Will not wish to show L’inganno del suo cor. the deceit in his heart…. 心の策略が人に知られるのを望まない
- 3/15/2021 フィルム・レビュー「ミス・アメリカーナ」
主演: テイラー・スウィフト PG-13 https://www.youtube.com/watch?v=40RsbcFRwNA テイラー・スウィフトの生涯に関するこの2020年のドキュメンタリーを観て私は驚愕した.彼女はとても才能のあるシンガー・ソングライターだと思うが、私は彼女個人のことをあまり知らなかった.この映画は、幼少時から、彼女が今日のスーパー・スターになるまでの過程をたどっている. テイラーはペンシルベニア州ウェスト・レディングで生まれた.テイラーとその家族は、テイラーが「音楽のキャリアの夢を追求する」ためにテネシー州ナッシュビルに引っ越した.幼い頃から作曲、演奏できる子供として、彼女がいかに才能に恵まれていたかをこのドキュメンタリーは語っている.彼女を撮ったホーム・ヴィデオは、幼少期から彼女の顕著な才能をあらわしている.また彼女は名声の浮き沈みと彼女の人生に影響を与えた人々について非常に率直に語っている. 私は.彼女をパフォーマーとして尊敬していたが、過去に起こった彼女の人生のさまざまな出来事が彼女のキャリアにどのように影響したのか、全く知らなかった.幼い頃からメディアの注目を集めてきた彼女は、摂食障害、性的暴行、自尊心の問題に苦しんでいた.彼女は自分の人生の出来事がどのように彼女を形作ったかを正直に説明している. テイラーと彼女の友人や家族とのインタビューを通して、またホーム・ヴィデオ、新聞の切り抜きを通して、このドキュメンタリーはテイラー・スウィフトがいかにオープンで正直な人物であり、彼女が自分の名声を獲得するために、いかに真剣に真実を話すことに取り組んでいることを語っている.私はこのドキュメンタリーに非常に感銘を受けた. https://www.youtube.com/watch?v=nDzhoofkRJI
- 3/12/2021 オーディオで聴く音楽と音について
マニアではないが コロナ禍で自宅にて、映画鑑賞に加えて、音楽を聴く機会が増えた.再生 音楽をオーディオ・システムで聴く時、音の「ダイナミクス(dynamics)」や「ダイナミック・レンジ(dynamic range) 」という表現を耳にする. 音楽の作曲や演奏における「ダイナミクス」と云うのは、象徴的なものとして「pp(ピアニッシモ、とても弱く)」「mf(メゾフォルテ、少し強く)」、「f(フォルテ、強く)」のような強弱記号で表され、音楽または音色表現の強弱を示す場合がある. 生演奏でない再生音楽をオーディオ・システムで聴く場合、スピーカーのダイナミクスが優れていると、より生の音に近く聴こえるとも云われる.音の「ダイナミクス」とは動的なリニアリティ(linearity 直線性)と置き換えてもいいかもしれない.スピーカーからどれだけ大きな音を出せるかということではなく、瞬間的に出さなければならない音を、どこまで瞬時に発することが出来るかということで、要は瞬時のトランジェントの(transient、一時的な)スピード感である. https://www.youtube.com/watch?v=oYYTeBvdixw&list=PLBoIBJQNyrwuenrqQw3jZS06x2Iw51F-z 分かりやすい例を挙げれば、隣の部屋で演奏される実際のピアノの音とオーディオ・システムから発せられるピアノの音とでは、どちらが生の音かは見えなくても聴けばすぐに判断できる.音色の違いも識別する要因でだが、それは周波数特性と音量がまったく同じだとしても、音のエネルギーが発せられる(burst)ときのスピードが異なるからだ.生のピアノの方が圧倒的に早く迫力がある.それが両者の音の存在感を決定的に違うものとしている理由だ.楽器がヴァイオリンの場合も結果は同じで、電気信号を音に変換するオーディオ・システムでは、このダイナミクスをいかに上げて生の音に近づけるかは難しい物理的課題或いは限界だ. オーディオにおける「ダイナミック・レンジ」は、録音再生できる最小と最大の音の比率、幅を表す尺度.大雑把には「ダイナミック・レンジ(音量の大小)」は「ダイナミクス(音楽表現の強弱)を構成する一つの要素である」と言い換えることもできる.ダイナミック・レンジの小さいオーディオ・システムでは大編成のオーケストラ演奏曲を生に近い迫力で聴くのは不可能だ. https://www.youtube.com/watch?v=D-_wqx76mpc ダイナミック・レンジを表す単位、最小音量と最大音量の関係を示す比率(倍率)をデシベル(dB)という.デシベルは対数(通常logと表記)なので、単位数が大きくなるにつれても比率は比例しない. デシベルと音量の関係と音の大きさの目安: 120dB 飛行機のエンジンの近く 110dB 建設現場のリベット打ち 100dB 電車が通るガード下 90dB 大声による独唱 80dB 地下鉄の車内(窓を開けた) 70dB 騒々しい事務所 60dB 普通の会話 50dB 都会の住宅地 30dB 静かな住宅地 電車が通るガード下(100dB)は普通の会話の音(60dB)の100倍、飛行機のエンジン音は1,000倍の大きさだ。6dBの差で2倍、10dBで3倍、20dBで10倍の大きさとなる.窓が開いた地下鉄車内は普通の会話の10倍の音の大きさだ. https://www.youtube.com/watch?v=K9YWvOidt24&list=RDK9YWvOidt24&index=1 市販のオーディオ・スピーカーのダイナミック・レンジは80dB〜100dBくらい. ベートーベンの交響曲第5番「運命」、ワグナーの「ワルキューレの騎行」、ムソルグスキーの「展覧会の絵」などのダイナミックレンジの大きな曲は 90dB以上あるオーディオ・システムで余裕を持って聴きたいものだ. オーディオは生演奏には絶対かなわないか? 「オーディオは生演奏には絶対かなわない」というような表現をよく耳にする.オーディオと生演奏は、両方の魅力、そしてお互いの一長一短があるはずだと思っている.オーディオをコンサートの代替でなく楽しんでいる粋人を何人も知っている. 一級のオーディオ製品は、技術(technology )と芸術(art)が最高点で融合する時に産まれるといわれる.技術は音響学的・電気的・機械的面を総合する製品作りをさす.オーディオにおける芸術性は、個性的で魅力的な音創り面と工業製品としてデザイン面に表現される.先に述べた「ダイナミクス」を向上させる目的は製品開発の最重要課題の一つだ. 自分の好みに合ったオーディオは生演奏とは全く異なる音楽の悦びを与えてくれる、それ自体が独立した存在ともなりうる.自分の愛機 (眺めるのも愉しい) からいかに素晴らしいサウンドを作り上げ、再生で聴く音楽というのは、コンサートで味わう音楽とは別世界なのだ.比較する対象でない別物だとも云われる.オーディオで再生音楽を楽しむ達人を「レコード演奏家」と言ったりもするほどだ. 生演奏の1番の魅力というのは、大音量、ダイナミック・レンジの広さ(再生空間の広さ)、音場に包まれる空気感といったものであろう.また、そのとき、その場所にいて、その感動を得るというリアリズムが堪らなく魅力的なのだと思う.こればかりは一般家庭のリスニング・ルームでは敵わない永遠の壁でもある.一方で生演奏は、座席による音響のムラがあるし、また演奏者の出来不出来によるムラもある.ダイナミックな迫力はあるのだけれど、結構雑というか不出来の時の生演奏ほど落胆するものはない.これであれば、家でオーディオで聴いているほうがずっとイイ、ということになる. その点オーディオは、当たり外れがなく常にベストの演奏、音響を時を選ばずして聴ける.生演奏は、生演奏.オーディオはオーディオというように楽しみ方を割り切るのが賢明だとも思う. そういう意味でも、生演奏とオーディオは持ちつ持たれつだし、楽しみ方はそれぞれ違うところにある、と思っているので、一概に、「オーディオは生演奏には絶対敵わない」などと言うつもりはない. 1980年代以降の「重厚長大から軽薄短小」と「アナログからデジタル」の波に呑み込まれて久しいオーディオ業界は、往時1970〜80年代の熱気はもはや無い.ヘッドフォンやイヤフォンで音楽を聴く風潮を憂えている.昨今、自ら楽器を弾き、歌うDIYに勝る楽しみ方はないとつくづく思う.DIYできない人の戯言である. (3/14/2021) 菅原勲 小生、難しいことはサッパリ分かりませんが、若かりし頃は、例えば、五味康祐*の「西方の音」などを熟読して、高級な音響装置に憧れたものです.例えば、タンノイとかワーフデイルのスピーカーなど.しかし、一介の会社員が贖える価格ではなく、結局、身の丈に合った装置に落ち着きました.それに、どう足掻いても「生は缶詰に優る」からです.生より美味い缶詰はあるんでしょうか? 現在は、パソコンにイヤフォンを付けて聴いてる体たらくで、かなり堕落した音響環境です.共同住宅住まいでは、致し方ありませんが.と言うわけで、缶詰も乙なもんだと楽しんでいる次第です. * (五味康祐) オーディオ・クラシック音楽評論でも著名で、「オーディオの神様」とも呼ばれ、『西方の音』『天の聲 西方の音』『オーディオ巡礼』『いい音 いい音楽』などの著書がある. (Wikipedia)
- 3/4/2021 地域発の自主映画「にしきたショパン」3月26日 宝塚市売布「シネ・ピピア」で公開
新作映画「にしきたショパン」が3月26日(金)より「シネ・ピピア」(宝塚市売布)で公開される.公開に先立ち、作品を制作した監督とプロデューサーを交えて開かれた2時間に及ぶオンライン・イベント(日本ポーランド協会関西センター主催)にZoomとYouTubeで視聴することが出来た.小生はこの作品について、制作者の思い、ポーランドの歴史と日本との関わり等々を身近に感じ取ることが出来たので、その記録メモをご紹介したい. 上映は3月20日(土)より「元町映画館」(神戸)、「シネ・ヌーヴォ」(大阪)、「池袋 シネマ・ロサ」(東京)、3月26日(金)より「京都みなみ会館」(京都)等においても公開される. (下記写真の人形は小生が企業人時代の欧州会社(ドイツ、ハンブルグ)勤務時代(1970年代)にポーランドへ数度出張した当時に自分の想い出土産に買って帰った人形.) テーマ https://www.youtube.com/watch?v=QB49YimOfEc https://www.youtube.com/watch?v=q-UY_PF1-1o 「阪神淡路大震災の記憶を語り継ぐ」「左手のピアニストを応援する」この二つをテーマに、本格ピアノ映画が誕生した.ショパンの名曲、沼光絵理佳編曲によるラフマニノフ ピアノ協奏曲第二番ピアノ ソロ・バージョン、近藤浩平作曲による左手のピアノなど全編音楽に満ち溢れ、ピアニストを目指す若き二人の人間ドラマが胸に迫る.監督は、研究技術員として働きながら「週末映画監督」として世界に挑戦してきた女性映画監督、竹本祥乃(よしの).これが初長編作品でありながら、既に世界からの評価を獲得している..」(にしきたショパン・サイトより)https://office-hassel.com/n-chopin/ ストーリー 「凛子(りんこ)と鍵太郎(けんたろう)は幼なじみであり、その独特の風貌から達磨先生とよばれる高校音楽教師のピアノの門下生.鍵太郎のピアノの腕は、門下生の中でも常に一番で、作曲もこなす天才肌だ.鍵太郎の大きな手が奏でるラフマニノフは素晴らしく、テクニックでは誰にも負けない実力を持っていた.対して凛子は、ピアノは大好きだが、不器用でコツコツと努力するタイプ.彼女はショパンに憧れていた.だが、「阪神淡路大震災」そして「局所性ジストニア」というピアニストとしての道を閉ざされかねない大きな試練が二人を襲う.葛藤し、苦悩しながらも二人は「魂に響く音」を追い求めていく.」(にしきたショパン・サイトより)https://office-hassel.com/n-chopin/ 左手のピアニスト智内威雄、 瀬川泰代 両氏がシナリオ制作に協力.世界には左手だけでの演奏する名演奏家が他にもいる.有名な演奏家では第1次世界大戦で右手を失い負傷した左手だけのピアニストのパウル・ウィトゲンシュタイン. ロケ地 兵庫県立西宮高等学校、神戸女学院大学、夙川公園(阪神香露園駅周辺)、夙川グリーンタウン(阪急夙川駅前)、日本福音ルーテル西宮教会、西宮東卸売市場、医療法人財団樹徳会上ヶ原病院、ピアノ・バーおでんでん 受賞歴 ・アントワープ(ベルギー)国際映画祭審査員賞 ・コソボ玉座の女王映画祭長編脚本賞 ・日本第12回映像グランプリ脚本賞 ・ミラノ国際映画祭OFFICIAL SELECTION ・他 監督とプロデューサーの出会い 竹本監督と近藤プロデューサーの出会いは2017年10月に竹本監督が映画「アルカディア」の撮影現場を探して行き当たった場所(レストラン)が、近藤氏の経営だったことで、その時の各種支援が発端で、近藤氏は竹本監督の才能と心意気で意気投合.竹本監督のポーランド映画への想いは、アグニュシュカ・ホランドという、ポーランド人の女性監督の映画を観た時に大変好きになったときからだそうだ. オンライン・イベント出演者紹介 (司会)定藤博子:阪南大学准教授 (日本ポーランド協会関西センター会員) (監督)竹本祥乃 (プロデューサー)近藤修平 藤井和夫:関西学院大学名誉教授(日本ポーランド協会関西センター会長) 岡崎拓:羽衣国際大学専任講師(日本ポーランド協会関西センター会員)
- 3/6/2021 ベートーヴェン ピアノ・トリオ「幽霊、ゴースト」 へ長調、op. 70 no. 1
https://www.youtube.com/watch?v=ReZeyI8Z5wk 「それは、あまり良い経験であったとは言えない.まず、ベートーヴェンのピアノは長い間調律されていなかった.そしてベートーヴェンはすでに難聴であったため、少なくとも彼にとっては調律されていないピアノを弾くことは問題なかった.今まで、あれ程高く賞賛されてきたベートーヴェンの素晴らしい技術は、ほとんど、あるいは全くと言っていほど残っていなかった.難聴のベートヴェンは、大音量のパッセージを弾くとき、音符を続けさまに叩きのめし、スコアがないと聴いているものにとってはメロディーが全く分からないほどであった.私はこの悲劇に深く動揺した.そしてこの経験から、ベートヴェンのほぼ継続的な憂鬱は、私には謎ではなくなった.」(1808年にベートヴェンにピアノ・トリオ、ニ長調のリハーサルに招かれた折に、ヴァイオリニスト、ルイ・シュポーがしたコメント) 「大公」と並び「ゴースト」は最も良く弾かれるベートーヴェンのピアノ・トリオ.難しい曲ではあるが、ピアノ・トリオを弾く(編集者を含む)アマチュア演奏家にとってはレパートリーとして是非持っていたい曲である.編集者が選んだトリオはジャクリーヌ・デュ・プレ(チェロ)、ダニエル・バレンボイム(ピアノ)、ピンカス・ズーカーマン(ヴァイオリン)によるレコーディング.恐らく1970年の初めに録音されたらしいこのレコーディングは若い、将来を約束されていたトリオの息の合った演奏である. 英国生まれのジャクリーヌ・デュ・プレは1971年(26歳)に指先などの感覚が鈍くなってきたことに気付く.この症状は徐々に悪化し、1973年の演奏旅行のときには既に満足のいく演奏が行えなくなっていた.同年秋に多発性硬化症と診断され、チェロ演奏家として事実上引退.その後の数年間はチェロの教師として後進の育成を行っていた.1975年にはエリザベス女王からOBE勲章(大英帝国勲章 Order of the British Empire)を授与されている.多発性硬化症の進行により、1987年に42歳で死去した.(Wikipedia) 指折りの銘器と言われる1713年製の巨大なストラディヴァリウス “ダヴィドフ”を生涯演奏し、その巨大なチェロを演奏するデュ・プレ(彼女の短い生涯を考えると悲しいが)をビデオで聴けることができるのは嬉しい. ベートーヴェン(1770 – 1827)は28歳くらいから難聴が始まったと言うから、「ゴースト」を作曲した年にはすでに難聴が進んでいたらしい.このピアノ・トリオが発表された1808年にヴァイオリニストのルイ・シュポーがベートーヴェンとリハーサルをしたときの様子を鮮明に語っている(上記).「ゴースト」はベートーヴェンの中期(1803-1812頃)の作品で、交響曲第5番、交響曲第6番を含む、最も有名な作品が生み出された時代である.
- 3/6/2021 フィルム・レビュー「マンク」
主演 ゲリー・オールドマン、アマンダ・サイフリッド、リリー・コリンズ R 「市民ケーン」は、米国でこれまでに製作された中で最高の映画として認められることが多く、オーソン・ウェルズの名前は「市民ケーン」の共著者、監督、スターの同義語になった.「マンク」は、この有名な映画「市民ケーン」のもう一人の作家であるハーマン・J・マンキーウィッツに焦点を当てている. ゲリー・オールドマンが演じるマンキーウィッツは1930年代から1940年代にかけて活躍したニューヨークのジャーナリストで、「アメリカ人」と題した映画の最初の原稿を執筆するために雇われ、ハリウッドに来る.カリフォルニアに到着してすぐに自動車事故に遭ってしまい、マンク(マンキーウィッツの綽名)は台本を書くために砂漠のゲスト・ハウスに閉じ込められる.このゲスト・ハウスで、マンクが事故から回復し、確実に仕事を成し遂げるためのサポートとして、ドイツ人のセラピストと英国人の秘書があてがわれ、彼女らはマンクとゲスト・ハウスに同居する.マンクはアル中の上、ヘビー・スモーカーでもあり、セラピストと秘書の仕事は困難極まりない. この映画には幾つかのテーマがある.焦点は脚本を書くプロセスである.タイプ・ライターが各シーンの始まりにそのセクションのタイトルを映像として打ち出し、作家の視点を伝える.その他に、マンクと彼の妻、彼をサポートしている女性たち、そして彼の友人や彼の敵となる人達とマンクとの人間関係、これらすべてが映画のテーマとなっている.最も重要なテーマのひとつは当時のハリウッドの政治と国際関係.MGM映画、ルイス・B・メイヤー、ウィリアム・ランドルフ・ハースト、マリオン・デイビスと第二次世界大戦はこの映画の物語に織り込まれている.政治、時代の背景を説明するために多くのフラッシュバック・シーンが使われ、時によって、どの時代が映されているのかを知るのが困難になることもあるが、それにも増して、演技とビジュアルは魅力的である. デヴィッド・フィンチャー(作者兼監督)は、オリジナルの「市民ケーン」のスタイルで各シーンを美しく作り上げ、白黒で撮影されたセット、衣装、音楽は、その時代をよくあらわした.その上、フィンチャーは、小さな白い点をフィルムに埋め込み、当時、映画のオペレーターに「フィルムの次のリールをプロジェクターにロードせよ」という合図であったこの昔の映画のトリックまで加えた. 「マンク」は映画愛好家のための映画だと思う.聴衆の注目を集めるカー・チェイスやセックス・シーンはない.「タイタニック」や「スター・ウォーズ」のような大興行映画になることは恐らくないと思うが、才能ある作家であり、何が彼にやる気を与えたのかを描いた、男の人生の映画だと思う. https://www.youtube.com/watch?v=aSfX-nrg-lI
- 3/3/2021 「弦楽のためのアダージョ」Samuel Barber "Adagio for Strings"
https://www.youtube.com/watch?v=lKrxPTePXEQ サミュエル・バーバー(1910-1981)はアメリカの作曲家.アダージオは1935年にバーバーがイタリア留学中に弦楽四重奏曲第1番ロ短調として作曲され、その第2楽章が「弦楽のためのアダージョ」としてとくに有名になった.上記のオリジナルの弦楽四重奏曲はドーバー弦楽四重奏の演奏. https://www.youtube.com/watch?v=F1kmvF1w7yk テンポも遅すぎず、流れるような演奏の サー・サイモン・ラトル(指揮)のベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のアダージオも素晴らしい. レナード・スラットキン(指揮)は、”In memory of 11 September 2001”「2001年9月11日の死者の追悼」と題して、2001年9月15日にBBCオーケストラを指揮している.動画も含めた感傷的な演奏である. https://www.youtube.com/watch?v=Y4PWdOoOQjI 「弦楽のためのアダージョ」は、ジョン F. ケネディが特に好きであった一曲であったそうで、ジャッキー・ケネディが、ジョン・ケネディ暗殺直後の月曜日に(国立交響楽団による観客なしの)コンサートを手配したという.コンサートはラジオで放送され、バーバーはこのコンサートに関してのWQXRとのラジオ・インタビューを受け「いつもこの曲が追悼として演奏されるのは知っているが、私の他の曲も演奏してくれればと思う」といったそうだ.(Wikipedia) バーバーの「弦楽のためのアダージョ」は最も悲しい曲ともいわれ「最も悲しい音楽」”The Saddest Music Ever Written” という著書もある. FMラジオ聴取者向けのアンケートの結果によるものではないかと思うが、英国ベースの Classic FM (100-102FM) に「最も悲しいクラッシク音楽」」10曲が挙げられている.これから春に向かっていく季節に「秋の夜長に」とは言えないが、なるほど思う曲も入っているので、その「気分」になったときに、聞いてみる価値はあると思う. https://www.classicfm.com/discover-music/latest/10-classical-music-tear-jerkers/ 1. Puccini: ‘Sono andati?’ from La Boheme 2. Wolfgang Amadeus Mozart: ‘Requiem’ 3. Edward Elgar: Nimrod from the Enigma Variations 4. Samuel Barber: Adagio for Strings 5. Tomaso Albinoni: Adagio in G minor 6. Johann Sebastian Bach: Come, Sweet Death 7. Henryk Gorecki: Symphony of Sorrowful Songs 8. Henry Purcell: Dido's Lament 9. Pyotr Ilyich Tchaikovsky: Symphony No. 6, fourth movement 10. Giuseppe Verdi - V'ho ingannato, from Rigoletto
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