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  • 2/28/2021 フィルム・レビュー "Nomadland"「遊牧人生」

    主演: フランシス・マクドーマンド、デヴィッド・ストラザーム R フランシス・マクドーマンドは、最近夫を亡くし、長年働いていた石膏工場が閉鎖されたために職を失った、ファーンという女性を演じている.ファーンは自分の持ち物のほとんどを売り、居住用のバンを購入し、仕事を探して全国をドライブし始める.直後、彼女はアマゾン・センターで仕事を見つけ、そこで雇用を求めて町から町へ移動する遊牧民の何人かの人に出会う. ファーンの新しい友人の一人が、サポート・システムを提供する他の遊牧民の住む砂漠の一角に招待する.この映画を見出した瞬間「こんな遊牧民のようなライフ・スタイルは気が滅入る」と最初は思うかもしれないが、すぐにこのグループがお互いに持っている強いコミュニティの自覚と、彼らが示す命に対する尊厳に気が付く.フランシス・マクドーマンドは、この役割に最適な女優だと思う.彼女は「一目」または「簡単なジェスチャー」で人生を語れる女優である.映画の中でファーンが失恋しても、恐らく、彼女は自分が望む人生を送る力のある人故に、彼女を憐れる必要はないと思う. この映画は大変に静かな映画で、視聴者として、一人でいることの孤独と沈黙を体験することもできる、美しく撮影された映画でもある.バッドランズ国立公園での撮影は素晴らしく、トリックも特殊効果もない自然な製作だ.俳優の多くは、実際の遊牧民で、ルドヴィコ・エイナウディのバックグラウンドに流れる音楽は各シーンにぴったり合っている. https://www.youtube.com/watch?v=H-D4YKZ4LM0&list=PLez_NgpsuzWHqv5z1DiosiKFRU1A_1HOj 2020年にリリースされた "Nomadland"「遊牧人生」は、俳優、監督、映画撮影ですでに多くの賞を受賞している.2021年のゴールデン・グローブ賞とアカデミー賞の受賞者になる可能性は大きい. https://www.youtube.com/watch?v=6sxCFZ8_d84

  • 2/27/2021 本のレビュー「日日是好日」森下典子著

    2004年からサンフランシスコ郊外でブック・クラブ(読書会)に参加している.紹介で集まった日本人6、7名の月例会で、その月の課題図書について感想を共有するという会.今年で17年目、読んだ本は150冊にのぼるが、記憶力が悪い私でもブック・クラブで話し合うことによって、どんな本だったか思い出せる.また、旅行先や日々の生活でフラッシュ・バックの様に主人公の心境や本の光景に出くわす.ここに主人公がいたのか!と感動と嬉しさで、ひとり興奮することもある.また、自分で選ぶとジャンルが偏りがちだが、ブック・クラブでメンバーが推薦する本は思ってもみない作家になることもあり、視野が広がり、また海外生活による知識の深みも加わり楽しみも増す.日常に追われると物事を深く思考しなくなりがち、脳に少しでも血(知?)となり肉となっていることに気付いたのは7~8年が経過した頃. さて、今回は2018年に読んだ「日日是好日」(森下典子著). <本の内容> 大学生になった主人公は、ぼんやりと文章を書く仕事に就きたいと夢を見ながら日々が過ぎてゆく.そんな時、母親に「茶道をしている人は所作が違うから、習ってみたら?」と勧められ、従妹と近所の茶道の先生宅に通うことになる.卒業後、出版社に勤め、婚約し、婚約者にふられ、暖かく見守ってくれた父親が亡くなる.その間も細々とお茶のお稽古には通う主人公.弟子の中では中堅どころになり、茶道を通して人生や自然について学んでいると気づく. <感想とブック・クラブ> 何故、この本をこんなに好きになったのか分からないが、各章で共感できることがあり、文章が簡単なこともあり心に沁みわたり、私の心境にドンピシャとはまった.題名にもなった「日日是好日」“Everyday is a good day”と英語で言ってしまうと、何の変哲もない言葉だけれど、日々そう感じながら暮らすのは難しい.また、2月の掛け軸の言葉「不苦者有知」は「ふくはうち」と読み、「苦と思わざる者は知あり」.実に、そのとおり. ブック・クラブの話合いで「茶道はもてなし.その訓練をするべきなのか?」という質問があった.私の高校では茶道の授業があり、母の薦めもありそれ以来8年ほど続けたが、もてなしの稽古とは思ったことはなく、日本伝統の暮らしの美学(シンプルで清潔に)や、手の表情など動作を鍛錬する場だった.竹のひしゃくからお湯を注ぐ音の心地よさ、その音は冬と夏では微妙に違ったことなど、この本から記憶がよみがえった.時には「心ここにあらず」の状況でも、目の前のことに集中することは大切. とは言うものの、一杯のお茶を点てるのに、30分近くかかる茶道に比べると、生け花や料理教室の方が実用的.本にも「おばさん達の(お道具)『拝見』は尋常じゃなかった」とあったが、お道具の拝見で、お茶碗の絵や手触りの違いは眼で分かるが、今でも「この茶杓と私の2000円の茶杓とどこが違うの?」と理解できない、エキセントリックな世界であるのも事実. もう一つの質問で「茶道が女性主流になった理由?」は考えたこともなかったが、武士社会で普及した茶の湯は、武士がいなくなり女子教育が普及した明治からだと思う.伝統文化に触れるチャンスという意味でも結構なことであり、最近の日本では週末だと男性も参加しているらしい. 「成長を待つこと」の章にあった「本当を知るには時間がかかる.けれど、あぁそういうことだったのかと、分かった瞬間、私の血や肉となった」に関して言うと、作者の茶道は、私のブック・クラブかもしれない.ブック・クラブを続けて「ブック・クラブで話したのは、これだわ!」と直感したことを思い出す.私の脳と精神の血となり肉となっている.ブッククラブとそのメンバーに感謝. この本で最も共感できたのは「雨の日には雨の音を聴く」.カリフォルニアに引っ越して以来、雨の音を聴きながら本を読む日は贅沢とも言える時間.この言葉の裏にあるのは、恐らく、その時の状況を受け入れて、堪能するということ.この20年間、アメリカでの生活で自分自身に言い聞かせたことが、この一句に集約されている.On a rainy day, listen to the sound of rain with your whole body. 下図はブック・クラブのメンバーの一人が、この本のポイントをまとめてくれた. この本を読んだ後、大ファンだった樹木希林さんと黒木華さんの主演で映画化され、私は帰国の折、母と一緒に喜々と映画館へ足を運んだ.本とは少し違い、映画で設定されたのは私が学生だったバブル時代. 主人公が置かれた環境と心境が似ており、私の場合は地味な学生だったけれど少しばかり留学を考えていた.迷いがありながらも、何となく幸せで、当時は優しくも個性的な学生が多い学校を選んでくれた両親に感謝をしていた.今、その気持ちも忘れていることを映画が気づかせてくれて涙.中盤からは音楽が流れるだけで涙が流れる.なぜだろう、泣かせる映画ではないのに.これがDNAに訴えかける、ということかしら. 茶道を続けている母は、その朝は午前五時起きだったので、最初の15分で寝てしまう.途中、むっくり目を覚ますと「ゆきちゃん、これは表千家.私は、裏千家」と言い、またうつらうつら.「このままで良い、変化は時に悲しみももたらす」と暗がりの中、母の寝顔を見た. https://www.youtube.com/watch?v=ItnysMt_cBw https://www.youtube.com/watch?v=cHMg7lnqjHc https://www.youtube.com/watch?v=ktL0Il6Tf1Q

  • 2/24/2021 WCPE クラシック・ステーション

    今回はクラッシック音楽ばかりを一日24時間、コマーシャルなしで提供してくれているラジオ局、WCPE(https://theclassicalstation.org/)をご紹介したい. WCPEはノースカロライナ州の州都、ローリーエリアに拠点を置き、この40年以上、リスナーからの寄付、そして少人数のスタッフとボランティア・アナウンサー(また200名近くのボランティア)によって運営を保ち続けている.クラッシック音楽専門のラジオ局というのはもはや稀の時代になってしまった.よって大変貴重でもある.インターネットの恩恵もあり、WCPEのファンは地元ノース・カロライナに限られず、今や世界中に存在するという. ノース・カロライナに越してきた2006年より、私達も文字どおり朝起きてから夜寝るまで、日々WCPEのお世話になっている.数えきれないほど豊富なレパートリー、また質の高い録音が途切れることなくバックグラウンドとして聴ける、WCPEなしでは叶わない贅沢.WCPEファンがたくさんいるからこそ、企業や政府、教育機関などのスポンサーがなくとも、一日24時間、週7日クラッシック音楽三昧、という独立独歩のポリシーが守られ続けている. 局の運営資金の多くは春と秋の年に二度、一週間ずつ行われる募金活動により得られ、sustaining member(維持会員)になるリスナーも多いようだ. プログラムは曜日と時間帯によって色々なテーマがあり、テーマ、時間によってアナウンサーが交代する.例えば朝の早い枠は「Rise and Shine」というプログラムで、明るく爽やか目なレパートリーが多く、木曜の夜は「解説付きオペラ」、そして日曜の朝は「sacred music」といった具合だ. アナウンサーの声と、音楽のチョイスで一日の時間の流れを感じたり、家から離れた場所で運転している際にふとした拍子でWCPEを見つけ、耳慣れたアナウンサーの声にホッとしたり、WCPEが生活の一部になっている.去年は夜間の聴視者が増加したそうだ.眠れない夜、和みたいとき、元気をもらいたいとき、WCPEはいつもそこにいてくれる. https://theclassicalstation.org/listen/

  • 2/15/2021 「バッハ・ダブル」ニ短調、BDV 1043

    「バッハ・ダブル」協奏曲は、「2人のソリストがメロディックなアイデアを行き交わす純粋な音楽的対話である」とBurton-Hillは語る.恐らく、ヴァイオリンを学習するほとんど全ての学生がかなり若い年齢で第一、第二ヴァイオリンの両方のパートを演奏(または学習)する作品といっても言い過ぎではないであろう.「バッハは、他の作曲家がほとんど近づけないくらいの技術的奏法を使って、人の心を音楽によって表現できる」とBurton-Hillはの作曲技法を結論付ける. バッハの伝記(1873年)の中で、フィリップ・シュピッタは「バッハ・ダブル」につて次のように記している. "Dem D moll-Concert ist unstreitig der höchste Werth eigen und in dieser Eigenschaft findet es auch unter der heutigen musikalischen Welt schon eine erfreuliche Beachtung. Zwei Soloviolinen sind hier herangezogen, doch kann man nicht wohl von einem Doppelconcerte reden, da die beiden Geigen weniger unter sich, als vereinigt gegen den Instrumentalchor concertiren. Eine jede ist natürlich mit der Selbständigkeit behandelt, die bei dem Bachschen Stile ohne weiteres vorausgesetzt wird. Im Mittelsatze, einer wahren Perle an edlem, innigem Gesange, verhält sich das Orchester fast nur accompagnirend, wie es bei den Concertadagios ja das Gewöhnliche war.” (Philipp Spitta) 「ニ短調協奏曲は間違いなく最高の二重奏であり、現代の音楽界から高く評価されている.厳密に言えば、ふたりのソロ・ヴァイオリンにより演奏されるので、二重協奏曲ではない.言い換えると、二本のヴァイオリンがパート別にお互いに演奏しあうというより、それぞれのパートが、バッハ独特のスタイルで独立性のあるパートとして作曲された曲を、ふたりの演奏者がソリストとして演奏する曲である.高貴で表現力豊か、メロディーの真珠と言われている、ミドル・ムーブメント(第二楽章)では、オーケストラは協奏曲のアダージョで通常演奏されるように伴奏役に回っている.」(翻訳ベル/フラーメイトランド) 多くのパフォーマーによるレコーディングの中から、1974年にモスクワ室内管弦楽団と録音された、David Oistrakh(デイビッド・オイストラッフ、編集者が好むヴァイオリニストの一人)と彼の息子である、Igor Oistrakh(イゴール・オイストラッフ)による演奏を選んだ.(ドイツ・グラモフォンによるレコードのジャケットは1963年版) https://www.youtube.com/watch?v=4mcucvpIatY&list=RD4mcucvpIatY&start_radio=1&t=142 追記: オイストラッフは1974年10月にアムステルダムで演奏旅行中に心筋梗塞で66歳の若さで客死している.レコーディングが1974年にモスクワでされたとすると同年だ.何か疲れているように見うけるのは考えすぎか.メニューヒンによるとオイストラッフは西では考えられないハードなスケジュールをこなしていたという.

  • 2/23/2021 「麒麟が来る」 放映終了

    大河ドラマ「麒麟が来る」放映終了.始まった時から、どういうエンディングになるのかがずうっと気になっていた.予想外のラストは良く決まっていた.なんというか、筋立てとか技術論よりも、この番組で作られた光秀像にぴったりな感じだったと思う. 僕は吉川英治の太閤記を小学校6年の時に読んだ。父も兄も大の読書家だったが、戦後まもなくでかなりの数、中古の本が多く、日本史に関連する本を拾い読みしても、旧かな使いで、天皇尊重第一のものがほとんどで、そういう風潮の中でどちらかとえいばネガティブな光秀像が僕の中に定着していた。 中学高校と読書の中身に横文字文学ものが多くなったのはやはり当時の若者文化がそうだったからだろうが、社会に出て司馬遼太郎を知り、テレビの新撰組血風碌にはまり、彼の中期くらいまでの本はあらかた読んだ.高校で日本史を真面目に聞いていなかったため、小生の近世日本の歴史に関する知識というか理解はまずすべてが司馬の小説によっている(歴史学者は司馬の歴史観、というものをよく思わないそうだが、彼はあくまで小説家にすぎない、ということはよく承知しているつもりだが). 司馬の描いている光秀像は今回のように理想の実現を人生のテーマにした人物ではない.むしろ権力のはざまで抜き差しならぬ状況に追い込まれた悲劇的人物、という書かれ方をしている.現実だかどうだったかかは、もちろん知る由もないが、麒麟を連れてくることができなかったという悔恨の情が信長の最後を遠巻きに見ていたシーンによく表れている.このシーン前後の長谷川博己の表情の描写は僕の心に突き刺さった想いで見た. 秀吉が朝鮮征伐なぞという愚挙を起こさなければ、そして最晩年の狼狽がなければ(これが例えば家康などに比べたときのインテリジェンスというか秀吉の人生観の限界をしめしているのだと思うのだが)麒麟になり得たかもしれない.”戦がなく、人々が安心して暮らせる世の中“ は、結局、3世紀続いた徳川時代であったのだろうか.悪しき封建主義だとか身分制度だとか、男尊女卑だとか、はたまた時代劇に必ず登場する悪代官だとか、ネガティブな話はいろいろあるが、世界に誇る江戸文化や京の静寂や人々の間に定着して明治への見事な転換をささえた倫理観とか、そういう現代への遺産を当時戦乱と後進国の収奪に明け暮れていた西欧の歴史と比べてみて、”日本に 麒麟は来ていたのではないか とおもったことだった. 1945年の敗戦以来今日まで、そのプロセスにありとあらゆる議論があるのを承知でなお言えば、この75年間のあいだ、戦争で死んだ日本の若者はひとりもいない.何が何と言おうとこれは事実である.チャーチルやメルケルみたいに国民に訴えた政治家がいなかったとか、拝米主義だとか、偶然だとか、いろんな議論は当然あるだろう.しかし僕は確信しているのだが、数世紀あとの歴史家はこの時代を日本史上最良の時間だった、と解釈すると思う.それが麒麟のせいだというかどうかは別だが. https://www.youtube.com/watch?v=OJ2LNz99qZA https://www.youtube.com/watch?v=Z04NVGgxsFQ

  • 2/21/2021 スタンリー・トゥッチ 「イタリアの旅」

    食べ物やイタリアが好きな人なら誰でも、CNNのこの6部構成のシリーズを楽しめると思う.各1時間のエピソードは、ナポリとアマルフィ海岸、ローマ、ボローニャ、ミラノ、トスカーナ、シチリアの6か所のイタリアの地域に焦点を当てている. スタンリー・トゥッチは、彼のキャリアを通じて多くの映画やテレビ番組に出演してきた多才な俳優として知られており、この番組のガイドでもあり、番組の著者でもある.彼の信じられないほどの演技スキルに加えて、「トゥッチ・クックブック」と「トゥッチ・テーブル:家族や友人との料理」という2冊の料理の本の著者であり、料理人でもある.イタリア系のアメリカ人であるトゥッチは、各地域の多種の食べ物、住人、風景を知識と情熱を持って説明する. 最初のエピソードは、2月14日、日曜日の午後9時にCNNで放映され、最後のエピソードは3月21日に放送が予定されている.Comcastなどのケーブル・プロバイダー、Hulu、YouTube TV、Slingで番組をストリーミングすると、見逃した番組 でも見ることができる. https://www.youtube.com/watch?v=cCixgQe48Yw

  • 2/20/2021 巣ごもりでYouTube「夕陽のガンマン」

    三寒四温.こちら東京の西部では今年の2月は温かい日の気温が例年より高めで春の訪れを感じさせられる黄色い菜の花が咲き誇っています.晴れた日は空は青く、陽気が良くなってきましたが、花粉症には辛い季節が始まっています😿 . 昨年春のコロナ自粛で巣ごもり生活が始まってから、TV NHK BSシネマで放映されている映画をよく観ています.昔の映画が多いのですが、その中から今回は、暴力的な面もあるので若い頃から殆ど観てこなかったマカロニウェスタン (アメリカではスパゲティ ウェスタンと言うそうですね!最近、教えていただいたばかりですが) クリント・イーストウッド主演の「夕陽のガンマン」 “For a Few Dollars More”. 1965年イタリア制作の西部劇、監督 Sergio Leone(セルジオ・レオーネ)、音楽 Ennio Morricone(エンニオ・モリコーネ)を鑑賞後、テーマ曲をYouTubeで.よって今日はYouTubeでテーマ曲のご紹介を少々. いろいろな演奏がありますが、先ず、Ennio Morricone のテーマ曲を口笛とギターで. https://youtu.be/PgtKt3wgcas 次は、The Danish National Symphony Orchestra (デンマーク国立交響楽団)による演奏.初めは画面を観ずに聴くだけにして、何の音をどんな楽器で演奏しているのか当ててみましょう. 「夕陽のガンマン」”For a Few Dollars More” https://youtu.be/DT1NJwEi6nw 「続・夕陽のガンマン」 ”The Good, the Bad and the Ugly” https://youtu.be/enuOArEfqGo Wikipedia によると「レオーネの ”荒野の用心棒” A Fistful of Dollars 1964年制作は映画音楽と映画シーン(音と絵)との関係を変えた.いままでのように常にバック・グラウンドに流れていたオーケストラでなく、音で絵を描く、セリフの代わりに音楽にストーリーを語らせる」方式にしたとのこと.「夕陽のガンマン」1965年制作でも同様の方式を使ったようである. 悪役が多い、共演のリー・ヴァン・クリーフ Lee Van Cleef が最後に立ち去る時、格好良かったのですが、「続・夕陽のガンマン」で、また、 the Bad になってしまうのが残念でした. 同じくYouTubeで恵美さん(ブログ編集者)に教えて頂いたURLで晩年のホロヴィッツが弾くリストのコンソレーションを聴き、心にしみる演奏でしたが ♫  余韻を・・・ と思いきや、「夕陽のガンマン」 “For a Few Dollars More“ が流れてきてビックリ! YouTube が続けて、前に聴いていた曲を流していました.要、YouTubeの使い方です. .☆.・**・.☆.・**・.☆.・**・.☆.・**・.☆.・**・.☆.・**・.☆ 話題は変わり🐈、おまけに、 窓の CM ですが「窓と猫のシリーズ」を観て癒されています.この会社の回し者ではありません.猫が苦手な方は見ない方がよろしいでしょうニャー. 似たもの同士 https://youtu.be/i5RdHVTFm_M 見とれすぎて https://youtu.be/38HrjVBbxzY お留守番   https://youtu.be/6lPoXyp0tWs

  • 2/16/2021 シューマン ピアノ・カルテット 変ホ長調、op 47、第三楽章、アンダンテ・カンタービレ

    パリ6区の右岸にある小さな教会で初めて「生」でシューマンのピアノ・カルテット 変ホ長調 op 47 を亡夫と共に聞いたのは十数年前になるであろうか.夫は5区(左岸)で生まれ、ルクセンブルグ公園が幼少時の遊び場だったという生粋のパリジャン.よって右岸にあるその小さな教会の存在も知っていた.演奏は若いフランスの演奏家たちで、その熱演ぶりには感動した覚えが今でもある.特に美しく、感動的な三楽章のアンダンテ・カンタービレは一般的に良く弾かれる楽章である. Burton-Hillによると、クララ・シューマンとロバート・シューマンは(ロバート・シューマンがティーン・エイジャーのころに書いた簡単なカルトットを除いて)1842年6月まで本格的な室内楽曲を作曲したことがなかったそうだ.1842年が ”Year of Chamber Music" 「室内楽の年」と呼ばれるように、6月からその年末までにロバート・シューマンは3曲の弦楽四重奏曲、ピアノ五重奏曲一曲、そしてこのピアノ四重奏曲 op 47 を作曲している. 芸術家一般に言えることではあるが、ロバート・シューマンは「彼の人生と彼が作曲した曲にその性格、人生が最も現わされている作曲家」だとBurton-Hillは解説する. https://www.youtube.com/watch?v=9QDYe916B98&list=RD6VsLshXUyio&index=6 Cello: Gautier Capuçon Viola: Lyda Chen Piano: Martha Argerich Violin: Renaud Capuçon このレコーディングで演奏している、ヴァイオリニストのルノー・カプソンと弟のチェリストのゴーティエ・カプソンはフランスの若手の演奏家で、兄ルノー・カプソンはフランスが誇る、現存のヴァイオリニストとして最も優れたヴァイオリニストとされている.編集者がパリで「生」で聞いたシューマンも彼ら兄弟がまだより若かったころの演奏であった.

  • 2/14/2021 「オンライン・コンサート」ノース・キャロライナよりライブ・ストリーム

    先日、ライブ・ストリームで供されるオンライン・コンサートなるものを初めて体験した。地元の室内楽団 (https://www.carolinaphil.org/) による「ライブ・タイム」の演奏で、曲目はモーツアルトのピアノ協奏曲第23番、K.488.演奏前の指揮者(兼ピアニスト)による曲の解説が個人的にはとても楽しめた.このように耳慣れた名曲でも、ガイド(もしくはモーツアルトの意図とも言えるだろうか)を念頭に置いて聴くとまた全然違う趣や奥行を曲の細部に感じることができる. 特に印象的だったのはモーツアルトが第二楽章に選んだ調、F# minorの話だった.指揮者によると数あるモーツアルトのレパートリーの中で、F# minorで書かれたのはこの一楽章だけだそう.モーツアルトという作曲家の曲から私はあまり人間の生々しく激しい感情を感じることはない.唯一例外として思い浮かぶのはヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲、K.364の第二楽章だけれど、これはC minorで書かれており、これだけの哀しみを露呈するときにも選ばれなかった F# minorがここで一度使われたのは興味深いことだ.モーツアルトによって徹底的に避けられたというこのキーだが、単なる明暗や悲喜と呼べるもの以上の効果を曲全体にもたらしている。 それはさておき、協奏曲というと現在はオーケストラとソリストという華やかな編成が頭に浮かぶが、この晩の演奏は多分モーツアルトが意図した編成に限りなく近いものだったのではないかと思う.COVID‐19の影響で出演者の数が限られたためにそうなったのかもしれないが、コンサート・ホールではなく、多分当時の人々がサロンで聴いたようなこじんまりとした演奏で、それが逆に楽しめた.ミュージシャンにとっては、ソーシャル・ディスタンスを保ちながら互いの音のバランスを保って弾くのは難しいことだろう.散らばった分時差ができ、互いの音も聞こえにくいので、アンサンブルがうまく行かないという話も耳にする。またアンサンブルはお互いの表情や呼吸も演奏の重要な一部だけれど、マスクをしているとそれも十分に叶わない. 初めてのバーチャル演奏会、演奏が終わった時点で拍手が聞こえなかったときに、一番違和感を感じた.音というのは空気を媒介として伝わるので、その空気を共有していないオンライン・コンサートはライブと決定的に異なる.またライブ・コンサートでは音だけでなく五感で同時に色々なものを吸収している.けれども具体的にそれはどういう体験なのだろうか.バイオリストの友人によると、涙が出るような音を肌や耳で感じ取ると、それがずっと頭や体の中に記憶として残って、後になって再生することができるし、それがこれから先の一生の練習課題となっていくこともあるそうで、生演奏はやはり特別なもの、一緒の空間に身を置いて聞く、一緒に弾くと言うのは宝、とのことだった.聴き手もオンラインでは演奏を聴くという体験を取って代わることができないことをよく知っている.またすべてのライブ・コンサートがキャンセルされた状態が長引く現在、多くのミュージシャンの方々が試練の状況に置かれて続けている.多くのミュージシャンが普段から生活のため仕事を掛け持ちするケースも少なくないなか、そのような仕事(レストランやバー業界)の多くも大変な痛手を被った. このブログは去年の4月時点でのNCの音楽業界の一部の状況を描いたものだが(https://www.ncarts.org/comehearnc/365-days-music/covid-19-pandemic-brings-unprecedented-challenges-music-industry)、それからもう10か月以上が経ってしまった.この方たちは現在どうしているのだろう.一日も早く生演奏が楽しめる日が戻ることを切に願う.

  • 1/23/2021 ベートーベン弦楽四重奏 op 18 no. 1 カルテットの楽しみ

    OP18 no.1 ヘ長調は随分以前に (1980年後半)米国で初めて弦楽四重奏を弾きだした頃、ジョインした(おばさま方の)グループが弾いていた曲で、それにまつわる思い出も多い.この曲をJAMULUS(ジャムラス)というオープンソースのソフトウェアーを使い現在インターネット上でこちらの音楽仲間とバーチュアルに弾いている.チェリストと編集者のヴァイオリニストはカリフォルニア州シリコンバレーに在住、もう一人のヴァイオリニストとヴィオリストは米国南部、ノース キャロライナ州に在住.残念ながら初めて弦楽四重奏を弾きだした当時に比べて決してよりうまく弾けるようになっている訳ではないけれど弦楽四重奏はアマチュア演奏家にとって最高のエンターテインメントであると思う.世界各国に違うレベルのアマチュア弦楽四重奏のグループが多数存在するのもそれが理由だと思う.よってレーパートリーが広ければ、世界のどこの国を訪問してもそれ相応のレベルのアマチュア演奏家、グループに連絡すれば弾けるというのも楽しい. ベートーベンの弦楽四重奏曲全16曲は初期 (1794-1800頃)、中期 (1800-1815頃)、後期 (1816-1827頃) に夫々集中されて作曲されており、OP18 no.1 は1798年から1800年にかけて作曲され、1801年に出版された.16曲のうち、1-6曲はベートーベンが27-30歳頃、7-11曲は35-40歳頃、12-16曲はベートーベンの人生の最後の3年間で作曲された.コンサートやレコーディングでは、それぞれのピリオドによって独特の個性を表している初期、中期、後期の四重奏と便利上呼ばれるようになった.OP18 no.1 はno.1にはなっているが、ベートーベンが作曲した最初の弦楽四重奏曲ではなく、OP18 no.3ニ長調が最初の作品である.ベートーベンは出版の際、盟友のウィーンのヴァイオリニスと、シュパンツィッヒの勧めによりこのヘ長調を第1番に持ってきたといわれている.OP18 はフランツ・ヨーゼフ・フォン・ロプコヴィツ伯(1772-1816)に献呈され、初演も1800年頃と言われている. 初期の弦楽四重奏曲はまだハイドンが確立した形式に従ったものではあるが、ベートーベンが本格的に音楽家としての個性を確立し始めた時期の作品である.1800年にはベートーベンの最初の交響曲第1番ハ長調も作曲されている. 多くの弦楽四重奏団が演奏しレコーディングも多数ある中で編集者が選んだグループはブダペスト弦楽四重奏団が1952年にレコーディングしたもの.ウィキペディア Wikipediaの掲載によるとブタペスト弦楽四重奏団は「1917年にブダペスト歌劇場管弦楽団のメンバーによって結成され、メンバーの変遷を遂げながら1967年2月まで活動した.1938年からアメリカに定着して活動し、最終的なメンバーは全員ロシア人となり、ハンガリーおよびブダペストとは関係が無くなったが、名声を得たのはロシア人のヨーゼフ・ロイスマンが第1ヴァイオリンとなって以後である.19世紀からのロマン主義的な歌い回しを避け、活動当初は完膚なきまでの新即物主義的な解釈を行ったこと、第1ヴァイオリンの圧倒的優位を避け、各声部の平等主義を取ったことなどから、現代の弦楽四重奏演奏のスタイルに大きな影響を与えた.」 下記のレコーディングで聞けるようにブダペスト弦楽四重奏団はその純粋な音色が著明とされている. Budapest String Quartet (レコーディング1952年) https://www.youtube.com/watch?v=2SJq_MfN3lE&pbjreload=101

  • 2/14/2021 映画レビュー "The Dig"「発掘」

    主演:キャリー・マリガン、レイフ・ファインズ、リリー・ジェームズ PG-13 この映画は、第二次世界大戦の直前にイギリスのサフォークで1939年に起こった実話に基づいている.マリガンとファインズのパフォーマンスは、美しいシネマトグラフィーと同様に賞に値すると思う. 物語は若い未亡人、エディス・プリティーが、彼女が所有する広大な土地に古代の古墳があると信じて、バジル・ブラウンという独学の考古学者を雇い塚を掘り下げるという巨大なプロジェクトを舞台に展開される.レイフ・ファインズが演じるブラウンは、プリティの従業員数人の助けを借りて、田舎の土地からゆっくりとマウンド(塚)を掘り起こしていく. プロジェクトの数ヶ月の間に、関係するすべての人々の人間関係の発展がこの映画を非常に刺激的な物語にしている. 映画の歴史的な正確さについて議論する人もいるが「The Dig」は、使命に専念した人々と、彼らが仕事に取り組む際に個人的および専門的に直面した障害について語った魅力的な映画であると思う. https://www.youtube.com/watch?v=a_POvnICuj4

  • 2/11/2021 2月の夜長にリストのコンソレーション(Consolations by Franz Liszt)

    https://www.youtube.com/watch?v=GGDJZgQPK8E Barton-Hill選曲のリスト作曲の「コンソレーション」. 日本語では「慰め」と訳されているが、一般的には英語で「コンソレーション」あるいは原題のフランス語で ”Consolations, Six Penseés poétiques"「慰め、6つの詩的思考」と呼ばれている. ホロヴィッツがよくアンコールに弾いたのはその中の第3番変ニ長調で、彼の得意とするロマン派の作品のひとつでもある. トータル6曲あるコンソレーションのうち大変によく弾かれるのがこの第3番変ニ長調. https://www.youtube.com/watch?v=bykV906nKMk https://www.youtube.com/watch?v=705LabZ1U88 https://www.youtube.com/watch?v=aqPi2esJgZA 編集者が好むピアニストのなかで、ルービンシュタイン(ショパンを含むロマン派の演奏では大変に優れたピアニストとみなされている)、バレンボイム(指揮者、ピアニストとして知られている)、またアリシア・デ・ラローチャ(スペインのピアニストで、20世紀を代表するピアニストの一人)が弾く第3番変ニ長調と聴き比べてみると面白い. Consolations, Six Penseés poétiques「慰め、6つの詩的思考」は全6曲あり、 第1番ホ長調、Andante con moto、物静かなコラール風の小品 第2番ホ長調、Un poco più mosso、伸びやかな上昇音型と自由な曲想が特徴 第3番変ニ長調、Lento placido、全曲中最も有名な曲 第4番変ニ長調、Quasi Adagio、第1番と同様にコラール風の小品 第5番ホ長調、Andantino、低音の付点リズムが印象的 第6番ホ長調、Allegretto sempre cantabile その全曲もレコーディングされている. https://www.youtube.com/watch?v=kyZa7KKLBCo コンソレーションはフランツ・リストによる最も有名なピアノ作品の一つで、その人気の理由は、表現力が豊かで叙情的な曲想だけではなく、恐らく、アマチュアのピアニストでも弾ける(よって最高度のピアノの技術が要求されない)ことにも起因していると言われる. コンサートのアンコールとして、またコンクールの課題曲としてもよく使われる曲である. 恐らくリストはシャルル・オーギュスタン・サン・ブーヴ(Charles Augustin Sainte-Beuve)の詩集に触発されたであると言われ、短い作品の中で最も人気のあるこれらの作品は、個別に、または、さまざまな組み合わせで比較的頻繁に演奏されている.

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