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- 1/10/2026 安藤勉氏 ソロ・テノール・リサイタル ― 99歳、今なお健在
扨て、私が勤務していた会社のOB会には、今年で白寿(数え年99歳)を迎えられる 安藤 勉さん という方がいらっしゃいます. 数年に一度、趣味として独唱会を開かれており、今年は白寿記念のコンサートを開催されるとの案内状が届きました.こんなにお元気な高齢者もいらっしゃるのだと、改めて驚かされます. 私は出身事業部こそ異なりますが、ハンブルク時代やニューヨーク時代に何度かアテンドをさせていただいたご縁があります. 絵を描くこともお好きで、多才な方です. これまでは500〜600人規模の中ホールでの開催が多かったのですが、昨年10月のOB会でお会いした際には、今回は 1,300人収容の大ホール を借りる予定だとお話しされていました. 毎回マイクなしで歌われるのが恒例ですが、今回はどうされるのでしょうか. 白寿とは思えないほどのエネルギーには、ただただ感服するばかりです. そういえば一昨年、友人のお姉さま(当時99歳)が出版された『赤星家のゴルフDNA』にも驚かされたことを思い出しました. 独唱会にご興味のある方がいらっしゃいましたら、お知らせください。
- 12/27/2025 年末に想うこと
ブログ更新について Tête de veau リオンのレストランで (2025年6月) 今年こそはブログに定期的に私信を書こうと考えていましたが、気づけば一年が過ぎてしまいました.長い間ご無沙汰してしまった方々には、このブログを通じて元気に過ごしていることをお伝えいたします.私の生活は大きく変わることなく、日々の小さな出来事や思い出を大切にしながら過ごしていますが、皆さまにご報告する機会がなかなか持てませんでした.2026年は原点に立ち返り、もう少し頻繁に更新し、皆さまと気持ちを共有できる場を増やしていきたいと考えています.皆さまの記事や写真のご投稿も楽しみにしておりますので、どうぞよろしくお願いいたします. 家族・友人との別れとその想い ある年齢を迎えると、友人や知人が亡くなっていく寂しさを年々感じるものだと聞いて育ちました.私もその年齢に差しかかり、昨年から今年にかけて兄、従妹、そしてこちらでの友人が相次いでこの世を去り、心に深い悲しみを覚えています.特に兄の死は大きな衝撃であり、幼少期の思い出が蘇るたびに、彼がもういない現実を受け入れるのが難しくなります.従妹(100歳まで健在でした)もまた、幼い頃からの思い出が詰まった大切な存在であり、彼女の想い出は今でも心の中で輝いています.友人たちとのアンサンブルやコロナ期の食事など、楽しい瞬間や支え合った日々を思い返し、彼らの不在が私の生活に与えた影響を日々痛感しています. 社会状況と世代間の変化 今年は世界的に政治や経済、生活の安全性がより不安定になっています.今後10年で個人がどのように政治に関わって行くかが世の中の変化への重要なポイントになるでしょう.日本では新政権が誕生し、幸い若者の支持率が高いことに注目が集まっています.また、報道は新聞や雑誌などの旧来型からウェブ中心の新しいメディアへと移行しています.若者層は主にウェブから広範囲に情報を得ており、新聞や雑誌離れが進み、その違いが世代ごとの意見の違いにもつながっていると感じます. 人生への想いと新たな目標 家族・友人との別れを通じて、人生の儚さや大切さについて改めて考えるようになりました.人生100年と言われるこの時代ですが、ある意味ではとても短いものです.愛する人々との関係を深め、感謝の気持ちを忘れずに持ち続けることが、私にとって新たな目標となっています.来年もアンサンブルを続け、旅行を続け、ウォーキングを続け、読書を続け、料理を続けるなど、今までどおりの生活がなるべく長く続けられることを願っています. 肺疾患も新薬に変えてからは、適度な運動の効果もあり徐々に体力が向上しています. 来年も皆さまにとって健康で多幸な一年になることを心から願っております.近況お知らせください. APA中央線コンサート (2025年3月)
- 08/02/2025 夏の発表会でキャッツから「メモリー」を久し振りに吹きました
近年、親しい友人や知人を亡くし87歳になった今でも、メールのやり取りをしている人たちから連絡がないと不安に感じることがあります. サックスは最早、上達は望めないものの、今も演奏を続けています.8月にはピアノ教室のサマーコンサートで「キャッツ」より「メモリー」を演奏しました.久しぶりのコンサートでの演奏でした 、 https://youtu.be/nsswJPF3jGc?si=nvdxrhv7rl8WYC2F サクソフォン・サマー・コンサート — CATS より「メモリー」、2025年夏 家族が私の80歳の誕生日を祝ってくれたとき、娘がこの写真を撮るためにスタジオセッションを手配してくれました 2019年9月、東京市ヶ谷のホテルでソロ リサイタルを開催 皆さまのご健勝を心から祈ります.
- 12/12/2025 音楽家と作品への雑感 「ベートーベン」
第17章 ルートヴィッヒ・V・ベートべン (Ludwig van Beethoven) (1770年~1827年、56歳没 ) 祖父は現ベルギー出身のバス歌手で知られ、ボンに移住してきてケルン選帝侯の宮廷礼拝堂の歌手から楽長を務めた.父も同じ宮廷の歌手で、息子を大音楽家に仕立てようと幼少から過酷なピアノ練習を強いた. ルートヴィッヒは 16歳で一度ウイーンを訪れモーツアルトに会う.その後のボンでの生活はブロイニング家(Breuning Family)の知遇を受け、ボン大学の聴講性になるが、折から起こったフランス革命の息吹を感じつつ自由へのあこがれを心に刻んだとされる.以前にイギリスで知ったハイドンを尋ねて20歳でウイーンに出向き、その後はボンへは 一 度も戻ることが無かった. 初期(1782~1803)の作風は、古典派の影響を強く留めつつ個性的、中期(1803~15)に作風は大きく転換し、大胆な技法による情熱的で力強い表現が加わり、それが次のロマン派音楽への先駆けへと繋がる.時代的にはナポレオンのヨーロッパ制覇の時期であり、神聖ローマ帝国の解体に象徴される封建的旧体制の崩壊と自由主義台頭の時期と符合している.後期(1815~27)は、ナポレオンの没落とウイーン反動体制の時代に相当し、作風は自己への沈潜と、より深められた人類的理想への希求を秘めた音楽的極致に到達した. ベートーベンは28歳(1799年)頃に、ジュリエッタ(Giulietta Guicciardi)、テレーゼ(Therese Malfatti)という2人の女性に恋をし、テレーゼとは婚約をするも不幸にも解消となり一生独身の身となった.その頃から難聴が顕著となり、遂に31歳(1802年)の時に二人の弟と一人の女性(テレーゼ)宛の遺書、所謂「ハイリゲンシュタットの遺書」( Heiligenstädter Testament )を書く.しかし耳の不治の病を抱えつつ、強い精神力で創作を続け、輝かしい名曲のバイオリン・ソナタ「クロイツエル」(1803年)、交響曲第3番「英雄」(1804年)など、第2の創作期に入り、最大最高の第9交響曲「合唱付」(1824年)に辿り着く. この度、視聴した演奏からベートーベン音楽の印象を短く綴ってみたものは下記の通り. ロマンス: 第1番と第2番をハイフェッツの演奏で聴いたが第2番は幼い頃から折に触れて聴いた美しいメロディが心に響いた. ピアノ・ソナタ : 第15番「田園」、第17番「テンペスト」、第21番「ワルトシュタイン」、第28番、第29番「ハンマークラヴィーア」をポリーニの演奏で聴いたが、第15番は古典的・牧歌的、第21番は美しい旋律、第29番は超技巧を伴う大曲で改めて感心した.第8番「悲愴」、第14番「月光」、第23番「熱情」はウイルヘルム・バックハウスの演奏で聴いたが、いずれも名曲・名演奏で、もっと頻繁に聴き直したい.他にも、今回聴いたピアノ・ソナタは第1番、第3、第6、第8「悲愴」、第9、第12「葬送」、第14「月光」、第15「田園」、第16、第17「テンペスト」、第18、第21「ワルトシュタイン」、第23「熱情」、第24、第26「告別」、第29「ハンマークラヴィーア」、第30、第31、第32番の多くを、複数の演奏者で聴いた.副題の付いている曲はいずれも名曲で印象に残るが晩年の名曲と言われる第30番~第32番は、正直なところ、いつ聴いても心地よいと言った意味での名曲とは感じない.人生とは何かを探す時に聴けば別の聞こえ方をするのだろうが. ピアノ協奏曲 : 第4番並びに第5番「皇帝」はバレンボイム(Pf)/ オットー・クレンペラー指揮のニューフィル・ハーモニー管弦楽団盤、クリスティアン・ツイマーマン(pf)/ L.バーンスタイン指揮 ウイーン・フィルの演奏は素晴らしい名曲、名演奏で何度も聴きたくなった. ピアノ三重奏曲 : 第7番「大公」を3つのトリオの演奏で聴いた. バイオリン・ソナタ : 第5番「春」と第9番「クロイツエル」をズッカーマン&バレンボイム及びオイストラッフ&オボーリンで聴いた.阪神大震災の被災時のレコード傷と録音状態を除けば名曲間違いなし. チェロ・ソナタ : 第1番~第5番をロストロポーヴィチ(Vc) / リヒテル(Pf)で聴いた.いずれも名曲だが第3番が一般には特に評価が高い名曲. ピアノ、ヴァイオリンとチェロのための三重協奏曲 : オイストラッフ(Vn) / ロストロポーヴィッチ(Vc)/ リヒター(Pf)とカラヤン指揮のベルリンフィルで聴いた.他にも、 ピンカス ・ズーカーマン (Vn) 、アマンダ ・フォーサイス (Vc)、 I.ブロンソン(Pf)、アンネ・ゾフィー・ムター (Vn)、ヨーヨー・マー(Vc)、 ダニエル・バレンボイム(Pf、指揮)を聴いた.交響曲以上に壮大な協奏曲だが名手3人と巨匠が揃っての演奏は、日常的に聴ける曲とは思えない重たさを感じた. 弦楽四重奏曲 : 第1番、第2、第7&第9、「ラズモフスキー」、第11、第13、第16番と聴いた.ブタペスト弦楽四重奏団演奏の弦楽四重奏曲第1番より第2番の方が聴きやすい. 交響曲 : 第1番から第9番「合唱付」まで多くの楽団の演奏を聴いたが、特に印象に残った演奏は次の通り. 第3番「英雄」:F.ヴェングラー指揮 ウイーン・フィル、K.マケラ指揮 コンセルト・ヘボウ 第4番:C.クライバー指揮 コンセルト・ヘボウ 第5番「運命」:D.バレンボイム指揮 ベルリン・フィル、H.カラヤン指揮 ベルリン・フィル 第6番「田園」:F.ヴェングラー指揮 ウイーン・フィル、S.ラトル指揮 ベルリン・フィル、K.マケラ指揮 コンセルト・へボウ、H.カラヤン指揮 ベルリン・フィル 第7番:C.クライバー指揮 コンセルト・ヘボウ、 H.カラヤン指揮 ベルリン・フィル 第8番:H.カラヤン指揮 ベルリン・フィル 第9番「合唱付」:H.カラヤン指揮 ベルリン・フィル、L.バーンスタイン指揮 ウイーン・フィル. 直、交響曲第5番「運命」はアルトウール・ニキッシ指揮のベルリン・フィルで、第7番はクナッパーブッシュ指揮のベルリン国立歌劇場管弦楽団の演奏で聴いたが、いずれも録音状態が古く、別の演奏で聴き直した. 時々、クラシック通が指揮者の名前で古い演奏を最高だとしゃべる輩がいるが、私は古い録音で最高の演奏と思うものは殆どない.演奏テクニック・会場の雰囲気・録音・録画状態が揃っての名演奏だと思う. ミサ・ソレムニス(荘厳ミサ曲) : ベートーベンの情熱がそのまま作品に表現されていて、圧倒的な迫力を感じる.教会音楽に留まらず人類に普遍的な価値を持つような傑作と思う.オットー・クレンペラー指揮/ニューフィルハーモニア管弦楽団の演奏がスケールの大きい堂々としたベートーベンの意思を伝えるかのような名演奏である.又、ファビオ・ルイージ指揮 ドレスデン国立歌劇場管弦楽団のフラウエン教会での演奏は本場の雰囲気を味わえる名演奏. 歌劇「フィデリオ」 : ミラノ・スカラ座、ザルツブルグ祝祭劇場、アン・デア・ウイーン劇場、ロイヤル・オペラハウスの4公演を鑑賞したが、舞台装置・衣装など合わせてロイヤル・オペラハウスの演出が一番馴染めた. 今回の雑感記録に際して、改めて聴き直した作曲家の作品リストをご参考までに下記の表にした.
- 5/19/2025 3月14日(金)APA国際室内音楽祭、武蔵野市民文化会館小ホールでシューベルト、Piano Trio op99を弾く
3月14日(金)第7回APA国際室内音楽祭が武蔵野市民文化会館小ホールで開催された.鳥井一行 さん (ピアノ)と Dr. Steffen Luitz (チェロ)とシューベルト、Piano Trio op99を弾いた.第2回目来日のSteffen は前回ご一緒したプロ級のピアニスト鳥井さんと共演ができて大満足.失敗談は色々あれどアマチュア演奏家の楽しいひと時であった.来年は同じ武蔵野市民文化会館小ホールで4月5日に開催の予定.
- 5/9/2025 音楽家と作品への雑感 「モーツアルト」
第16章 V. アマデウス・モーツアルト (No.2) (Volfgang Amadeus Mozart) (1756年~1791年35歳没) 歌劇編: 1. 「フィガロの結婚」 :カルロ・マリア・ジュリーニ指揮、フィルハーモニア管弦楽団及び合唱団、エーバーハルト・ヴェヒター(Br)、エリザベート・シュワルツコップ(Sop)、ジュゼッペ・タディ(Br)、アンナ・モッフォ(Sop)、フィオレンツア・コソット(M. Sop)のレコード盤が出色の演奏並びに録音状態. 2. 「後宮よりの逃走(誘拐)」 :ドリアン・マルターラー演出によるザルツブルグ空港をステージにした斬新な構想.衣装・照明など新工夫が、初めて観る真機軸のステージに眼を注ぐ物ではあるが演奏会としては如何なものか. 3. 「偽の女庭師」 :オペラ・ブッフォの雰囲気が楽しめる衣装・舞台演出のミラノ・スカラ座公演(2018年)をビデオ鑑賞した.正統的な演出・歌唱・演技で大変に満足だった. 4. 「ドン・ジョヴァンニ」 :プラハでの「フィガロの結婚」の上演で大成.を収めたモーツアルトは、新作の依頼の題材に中世のドン・ファン伝説を選び、その台本を「フィガロ」と同じダ・ポンテに依頼し、短期間で作曲を完成させた.今回聴き直した演奏の中では①フルト・ヴェングラー指揮、ウイーン国立歌劇場(1954年)の舞台装置・衣装も含め歌手(グリュンマー、シュヴァルツコップ、シエピ)、②ジェリーニ指揮、フィルハーモニア管弦楽団(1959年)の演奏・歌唱(シュヴァルツコップ、ジョン・サザーランド、タディ)が群を抜いて素晴らしい. 劇中のアリアでは②のシュヴァルツコップが歌うドンナ・エルヴィーラの“レスタティーヴォとアリア”(第21曲C)は、追い込んで行くような感情と旋律の美しさで特段に好きなパートであるが、解説によると、この曲のパートは作曲後に、歌手の希望によって追加された部分とのことで、特別の曲名が付いていないようで不思議に思う. 5. 「コシ・ファン・トウッテ」 :カール・ベーム指揮のエリザベート・シュワルツコップ、クリスタ・ルードヴィッヒ等の評論家の押すベストの演奏を改めて聴いたが、このオペラはあまり馴染みの無いアリアよりも重唱(二重唱、三重唱、多重唱)の聴き心地良い和声を楽しむオペラだと改めて思った.その意味ではモーツアルトの有名なオペラの中でも演奏が最も難しい玄人向きのオペラだと思う. 6. 「魔笛」 :ピリオット的な演出・演奏を試みたと思われる2公演(ミラノ・スカラ座2011、グランドボーン音楽祭2019)と、オーソドックスな演出・演奏の1公演(ザルツブルグ音楽祭2006のリカルド・ムーティ指揮)をビデオ録画で見直した.この中ではムーティ指揮の公演が本格的な取り組みを感じさせ堪能した.一方、カール・ベーム指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団演奏のレコード盤(1964年収録)はタミーノ役のフリッツ・ヴェンダーリッヒ(Fritz Wunderlich)を始め、夜の女王役のロバータ・ピータース(Roberta Peters)、パパゲーノ役のディートリッヒ・フィッシャー-ディスカウ(Dietrich Fischer-Dieskau)などの名歌手が歌うアリアや重唱が大いに楽しめた. 今回の雑感記録に際して、改めて聴き直した作曲家の作品リストを参考までに下記の表にした.
- 2/18/2025 音楽家と作品への雑感「モーツアルト」
第16章 V. アマデウス・モーツアルト (No.1) (Volfgang Amadeus Mozart) (1756年~1791年35歳没) モーツアルトの出生地ザルツブルグはカトリックの勢力の強いローマ風の小都市であった.父親レオポルトは姉のナンネルルと弟のヴォルフガングに幼少時からクラヴィアを習わせたが、ヴォルフガングは異常なまでの才能を示していた. 父は6歳のヴォルフガングと11歳のナンネルルを連れてミュンヘンに演奏旅行を試み、その後の10年間はパリ、ロンドン、アムステルダム並びにイタリアへの演奏旅行で費やされた.17歳からの7年間、 ヴォルフガング はザルツブルグの宮廷音楽家として活躍する.マンハイムへ旅した際にウエーバー家のアロイジアに恋心を抱くも失恋するが、その後 アロイジアの 妹コンスタンツエと26歳で結婚する.25歳でザルツブルグ大司教と決裂し、独立した音楽家を目指して以降はウイーンに定着する. 次々と作曲する作品は市民に熱狂的に迎えられたが、妻のコンスタンツエは家計を切り盛りする能力に欠け必ずしも経済的な成功を意味しなかった.長男、三男、父親の死に遭遇し、自身も重病を経験する羽目に陥って、世俗的な成功とは裏腹の、暗い物心両面の生活のうちに最後の4年間を迎える.32歳(1788年)の2か月間に所謂、3大交響曲を完成し、34歳の年に歌劇「魔笛」の完成を間近に、鼠色の服を着た未知の男の訪問を受け「レクイエム」の作曲を依頼され、未完のまま35歳でこの世を去った. この度、視聴した演奏からモーツアルト音楽の印象を短く綴ってみたものは下記の通り. 交響曲 :モーツアルトが生活苦の最中にあった1788年の2か月という短い期間に、後に「最後の三大交響曲」と話題にされる交響曲第39番、第40番、第41番《ジュピター》が作曲された.第39番の晴朗な美しさ、第40番の高貴な哀しみ、第41番の輝かしい壮麗さのどこにも、暗い世俗的な影が見えない素晴らしい作品.モーツアルトの全41曲の交響曲の中で短調で書かれているのは第25番と第40番のみ.近年の演奏会録画ではニコラウス・アーノンクール指揮のウイーン・フィルハーモニー管弦楽団(2006年、東京公演)の第39番、第40番、第41番の連続演奏がモーツアルトの生まれ故郷の音色を感じさせる演奏で、際立って心に沁みた. 協奏交響曲 :協奏交響曲 変ホ長調 K.364は思い出のウイーン楽友協会での演奏会の現地で購入したCDで聴いたが、モーツアルトがマンハイム・パリの旅行(1797~99年)の際に、当時の演奏会でもてはやされていた複数の独奏楽器による協奏交響曲をザルツブルグに帰郷後に作曲した名曲. ヴァイオリン曲 :ヴァイオリン協奏曲第3番の第1楽章はオーケストラとソロの掛け合いの妙、アダージオの極めて美しいメロディが心地よく響く.第5番は第3楽章の中間部に突如トルコ風のリズムを持つ楽想が現れ、名手ユーディ・メニューインの演奏はモーツアルトのヴァイオリン協奏曲の中でも最もポピュラーな名曲を楽しませる名演. 管弦楽曲 :セレナード第13番《Eine Kleine Nachtmusik》はやはり名曲.今回はオトマール・ズイトナー指揮/ドレスデン国立歌劇場管弦楽団とフルトヴェングラー指揮/ウイーン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏で聴いたが改めて思った.ディヴェルティメント(喜遊曲)ニ長調をイ・ムジチ合奏団で聴いたが清澄な軽やかな演奏で素晴らしい.第17番はメヌエットを2つ持つ6楽章から成り、特に第3楽章メヌエットは、所謂《モーツアルトのメヌエット》といて有名. クラリネット協奏曲 :クラリネット協奏曲イ長調 K.622も思い出のウイーン楽友協会での演奏会の現地で購入したCDで聴いた.友人アントン・シュタードラー(クラリネット奏者)のために亡くなる数か月前に作曲したオーケストラとソロが程よい比率で織り込まれている名曲.クラリネット五重奏曲 イ長調 K.581は「シュタードラー」の副題が付くが、この曲も友人のために作曲しただけあって、感情表現の濃さや、楽器の協奏的な扱いと室内楽的な緻密さも、楽器の編成も申し分ない名曲中の名曲.特にレオポルト・ウラッハ (Cl)/ウイーン・コンツエルトハウス四重奏団の演奏はウイーンの演奏様式の醍醐味を満喫させてくれるものであり断然良い. フルート協奏曲 :フルートとハープのための協奏曲K.299はパリ滞在中にド・ギーヌ公爵の依頼により作曲された作品で、ソロ楽器の特性をフルに活用した優雅な楽想、流麗な 曲運びなど上品なサロン風の音楽に聴こえる.フルート協奏曲第1番より第2番の方がより美しいがジェームズ・ゴールウエイは天性のフルーティスト. フルート四重奏曲 第1番~第4番までも聴いたが、ソロ楽器としての弦楽器団との音の相和性はフルートよりもクラリネットの方が可成り高いと私は感じた.モーツアルトもフルートという楽器の機能性の不足や音程の不安定さなどの理由で、あまり好まなかった楽器だったとの記録があるようだ. ピアノ・ソナタ並びに協奏曲 :ピアノ・ソナタ第1番~第7番及び第9番はグレン・グールドの演奏で、どれも心地よく 聴ける佳作.ピアノ・ソナタ第8番はディヌ・リパッティの演奏が絶妙.ピアノ・ソナタ第11番《トルコ行進曲付》は速いテンポとリズム感が抜群に心地よい名曲.ピアノ協奏曲第20番及び第21番はモーツアルトの全作品の中でも極めて美しい名曲.第21番はバレンボイムとリパッティの演奏で、特に第2楽章がスエーデン映画「短くも美しく燃え」に使用されたこともあり、はかなくも美しい旋律が心に沁みる.第23番はルービンシュタインの演奏で聴いたが、メランコリックな旋律の第2楽章シチリアーノによるアダージオ、第3楽章のロンドは特に記憶に残る.藤田真央のスイス・ヴェルビエ音楽祭2021のモーツアルト・リサイタルは、真に軽やかに、エネルギッシュに見事な演奏.ピアノ・ソナタ第10番を演奏するホロヴィッツには、あの巨匠アルゲリッチが仰け反るように、その精緻な鍵盤上の柔らかいタッチを褒めているシーンが映って感動する.現代最高のピアニストのアルゲリッチ&バレンボイムによる”2台のピアノのためのソナタ”1曲と ”ピアノ連弾ソナタ”3曲は、二人の息の合った貴重な名演奏だった. 宗教曲 :モテット「踊れ、喜べ、汝幸いなる魂よ」は名曲中の名曲.マリア・スターデルのソプラノを久し振りに聴き直した.ミサ「戴冠式ミサ」も久し振りに聴いた.音楽史上最高のレクイエムと言われる「レクイエム」は学生時代に合唱団メンバーとしてステージでも歌ったが何度聞いても心が落ち着く名曲だ.レコードで聴く、カラヤン&ベルリンフィルも良いが、ビデオで観るクラウス・マケラ指揮のロイヤル・コンチェルト・ヘボウの演奏は圧巻だ.又、ザルツブルグのフェルゼンライトシューレ(Felsen Reit Schule)のムジカ・エテルナ管弦楽団及び合唱団による演奏並びにウイーン楽友協会合唱団の日本での演奏会のビデオ録画演奏も個性的で素晴らしい. アリア曲 :シュワルツコップの歌で20曲ほど聴いたが特に「すみれ(Das Vilchez)」や「春へのあこがれ( Sehnsucht nach dem Frühling )」が気に入った. 今回の雑感記録に際して、改めて聴き直した作曲家の作品リストをご参考までに 下記の表にした.
- 12/31/2024 本のレビュー、有吉佐和子著、「蒼い壺」(出版社:文春文庫)
<あらすじ> 青色の壺が偶発的に作られ、妻に褒められる内弁慶な陶芸家、省造. その壺はデパートで売られ、引退した夫婦に購入され、その夫婦は会社でお世話になった上司へ贈答品として送る.そして、また別の夫婦の家へ、、、 その後、壺は海外に渡り、複数の家庭で保存され、また日本に戻ってくる. 筆者 は 「 蒼い壺 」 を通してその間の戦中や戦後の様々な家庭事情を描く. 最後に壺が偶然にも、省造と古美術の鑑定士の前に現れる. 鑑定士は「これは貴重な芸術品で価値も高い」と言うが、省造は確かに自分が作った壺だと思う.そのままタクシーに乗って帰る省造は、運転手の何気ない話を聞きながらも、「青い壺」のことが頭から離れない. <ブッククラブでの感想> 無名の陶芸家が偶然生み出した青磁の壺が、様々な人々の人生を旅し、10年後に美しい古色を伴って陶芸家の前に現れる(しかし、手元に戻ってくるわけでもない)お話.大きなテーマは見いだせませんでしたが、昭和の社会情勢、生活習慣、夫婦間や会社との関係性をベースに、ならではの言葉遣い等がちりばめられた13篇は、どれも人間味たっぷりでした. 「青い壺」に出会えてとても良かったと思いました.提案して下さってありがとう.重ねて読むと、最初に気が付かなかったミステリーや、作者からのメッセージが見えて来そうで、もう一度読んでみたい本です. 戦中に日本の防空壕で結婚記念日を迎えた夫婦の話がとても印象的でした.フランスで海外駐在をした夫は、妻にできる限りのワインやご馳走を想像力豊かに解説する.夫は防空壕でも紳士であり、妻もそれに感謝する.その夫婦にしか分からない貴重な思い出になったことでしょう. 堪能しました.過去唯一読んだ有吉佐和子の「複合汚染」とは全く質の異なる作品で、これまで抱いていた作者へのイメージも覆り、この本に出合えてよかったなと思います. 今まで有吉佐和子の本に興味を持つことがなく、読んだ事がなかったのですが、今回良い機会を頂き、良かったです.懐かしく暖かくも感じる昭和的な家族や生活、それにプロでもアート作品の価値が見る人により全然違う描写も面白かったです. 「青い壺をどの様に想像したか」をブッククラブのメンバーに聞いてみると、本のカバーの様な色、小ぶりな感じなど、メンバーそれぞれ. 著者 有吉佐和子
- 3/6/2023 本のレビュー、ベアテ・シロタ・ゴードン著、「1945年のクリスマス」日本国憲法に「男女平等」を書いた女性の自伝
<あらすじ> ベアテ・ゴードン (旧姓シロタ)さんは、現在の日本国憲法の草案を書いた一人.当時、彼女は大学を卒業したばかりの22歳.オーストリア生まれのベアテさんは、音楽家の( ピアニストのレオ・シロタ )父親が日本で教えることになり、幼少時に戦前の日本へ移住.家には海外の有名な音楽家が集い、豊かな暮らしをするも、戦争が始まる直前に単身でアメリカへ留学.戦中はカリフォルニアのMills Collegeで過ごす.終戦4ヶ月後の1945年のクリスマス・イブに日本に戻り、長野へ疎開していた両親と再会する. ベアテさんが見た当時の東京は、皇居以外は焼け野原.日英両語ができる人が少ないため、GHQに知り合いがいた彼女は日本国憲法を新しく作るにあたって(GHQでの肩書は民生局員なのだが)約2ヶ月で日本が民主主義となる日本国憲法の草案を書く、という大役を任命される.高校卒業まで過ごした日本は、男女平等とは程遠く、女性は不平等を我慢するのが当然、という慣習や法律を変えることに注力する.日夜、法律専門のベテラン男性たちと肩を並べて仕事に励む. 僭越ながら、写真は私の父の本への書き込み.ノートは2冊にもなった. ここまではスムーズだが、ベテラン男性達は彼女の草案を読んで、ほとんどそれを削除してしまう.1945年のアメリカにも「完璧で本質的な平等」はなく、彼女の案はプログレッシブ(進歩的)過ぎた.ベアテは悔し涙にくれるが、疎開中は栄養不足だった両親にGHQで働いたお金や物を支給できるのは好都合だった.そして、いよいよ1946年に新しい憲法が発布される. <ブック・クラブでの感想> 新年会をしながら、話合いは2時間半にもおよび盛り上がったブック・クラブ.感想の抜粋は以下. 「意外と法案づくりのページは少なかったけれど、彼女の日本女性への想いは、その後のジャパン・ソサエティ等での活動に映し出されていますね.自分の法案を周囲の男性たちに説得できなかった後悔が何年も続いた部分など、人間として錯誤しながらも前向きに生きた彼女は立派です.批判もある様ですが、憲法づくりに女性を採用していなければ、どうなっていたかと怖くも思います.」 「敗戦直後に志の高い若い女性が男性の中に入って日本のために憲法を書いたなんてこと自体、全く知りませんでした.原題はそういうことなんだなと.」 「あまりにも興味深く2日間で読み終えてしまいました.ベアテさんはなんと「豊かな」人生を送られたのだろうと思いました(金銭的な意味ではなく).また、ロシア系ユダヤ人が、時代に翻弄された中で大きな犠牲を払いながらも強く生き抜いた人もいたのだなあと思いました. 日本国憲法に「男女平等」を書く、のところでGHQ案が最終的にはどのように日本国憲法となったのだろうと思い、他の理由で手に入れた添付資料と見比べながら読みました.「憲法カフェ」という憲法9条を守る会のセミナーに行ったときに教えていただいた資料です. 私はまだ勉強不足で改憲派でも護憲派でもありませんが、正直この自民党案を見たときなんでこんなに全部変えてしまうんだろうと思いました.アメリカ(および他先進国)の憲法は「徐々に」改訂をして変わって行きました. 恥ずかしながら今の日本国憲法が生まれた背景がこのようなことだったとは知りませんでした.この本は改憲派にも護憲派にも読んでほしい本だと思います.昔、憲法学者から聞いた言葉で「憲法は理想の理念なんで」という言葉がありますが、もしそれが目的だとしたら私達はこれからどのような理念を築いていくのだろう、と深く考えてしまいました.」 「国立女性教育会館で昨年シロタ・ベアテさんの展示会があったそうです.これを見ると、当時の感覚が少しでも伝わるのではないでしょうか.」 https://www.nwec.jp/event/archiv ecenter/Beate_online.html
- 3/28/2023 音楽家と作品への雑感 「ラフマニノフ」
第10章 セルゲイ・ラフマニノフ Sergey Vasilyevich Rachmaninoff (1873年~1943年69歳没) 近代ロシアの偉大なピアニストで作曲家であり、オペラ指揮者としても帝政ロシア末期の第1人者であった.裕福な地主の家に生まれたが、浪費家の父親のために家は没落し、母方の家族と共にサンクト・ペテルブルグに暮らす.9歳(1882年)でペテルブルグ音楽院に入学、15歳(1888年)でモスクワ音楽院でピアノ及び作曲を学んだ.30歳代からドレスデン(ドイツ)で活躍する一方、時々、モスクワへ帰っていたが、1917年のソビエト革命で、スイスのルツェルン郊外に(今も孫が住む)別荘を買い、そこで静かに作曲できる時期があり、名曲「パガニーニの主題による狂詩曲」他を作曲.その後、アメリカに渡り(1942年)ビバリー・ヒルス(ハリウッド)を第2の故郷と定め、晩年はスターリンの再三の帰国呼びかけにも拘わらず、第2次世界大戦の勃発もあり、祖国の地を踏むことは無かった. モスクワ音楽院在学中から尊敬していたチャイコフスキーの影響を受け、ドイツのロマン派とロシア国民楽派の作風を折衷したような作品を多く作曲.傑作と言われる作品の大部分は亡命前の若い時期に書かれた物が多く、哀愁や祖国愛が表れた曲想が多く、生きた時代には珍しい大衆性のある保守的な作風で主にピアノの名曲を多数残した. ラフマニノフはピアノ演奏家としても名手であったが、両手を合わせるとピアノの白鍵22個分の大きな手であったことも伝えられている. 曲目の紹介 ※1 ピアノ協奏曲第1番 アシュケナージ(ピアノ、Pf)のピアノ協奏曲第1番(C-26)はテンポが速く緩急の切り替えしも多い、演奏家にとっては難曲だと思う. ※2 ピアノ協奏曲第2番 A. 同じくアシュケナージのピアノでコンドラシン指揮モスクワ・フィルハーモニーの演奏によるピアノ協奏曲第2番(R213)は前半は暗く重い空気間で重厚に,、後半は華麗に響くピアノの鍵盤音が大変印象深い. B. 辻井伸行のピアノ、佐渡裕指揮のベルリン交響楽団演奏(C-56)は適度なテンポと軽快な演奏で気張らずに、この名曲を楽しく聴くことが出来る. C. 他にも聴き直した数人のピアニストによる演奏はどれも良かったが、特に ヴァルトビューネ野外コンサート (ベルリン) のキリル・ゲルシュタイン (Pf)とキリル・ペトレンコ指揮のベルリンフィルの演奏(CL2-Q)は、森に囲まれた野外の夏の夕暮れに相応しい演奏で大変に気に入った. D. もう一つ、河村尚子(Pf)のファビオ・ルイージ指揮のNHK交響楽団の演奏(CL23-X)も首席指揮者就任したばかりのルイージのプログラムだけに今後への期待も大いに持てた. ※3 ピアノ協奏曲第3番 A. ホロヴィッツ(Pf)のピアノ協奏曲第3番(C-27)は第1楽章で主旋律が気持ち良く表現されるところから、次第に葛藤のような強烈な旋律が現れ耽美に浸るだけの余裕がない. B. 仙台フィルとの共演の若干20歳の藤田真央(CL20-Q)は、この曲の11回目の演奏とのことだが、そのテクニックと共に圧倒される表現力である. C. デニス・マツーエフ(Pf)とリッカルド・シャイーイ指揮のルツェルン祝祭管弦楽団の演奏(CL4-J)も印象に残る名演. ※4 「パガニーニの主題による狂詩曲」 A. ヴァン・クライバーン演奏(R214)は、その豪快で華麗な演奏の中でも有名な第18変奏が例えようもなく美しく物悲しい情感を表現している. B. アシュケナージのピアノによる同じ曲(C-26)は更に難易度をあげたようなテンポの速い緩急自在な演奏で、鍵盤上で転がるような音符の散りばめが見事と思う.それにしても3分強の第18変奏曲の美しいメロディーがいきなり現れてくることで、この曲は人口に膾炙(かいしゃ)される名曲になったと思うのは、偽わざる難曲への感想である. ※5、ピアノソナタ第2番 ホロヴィッツ演奏(C27)で聴く限り、不安の中に安らぎがあると聴こえると激しく怒り狂うような鍵盤を叩きつけるフレーズが来るなど、ソナタの常識からは外れた曲想が支配し続ける. ラフマニノフは ※ ヴィルトゥオーソ(伊 virtuoso) と呼ばれる. ※ ヴィルト ゥオーソ(伊 virtuoso) とは、本来は道徳的な意味を持ち、有徳な人というほどの意味であったが、19世紀の半ば頃からは、優れた技巧を持つ音楽家、特に演奏家を指すようになり、巨匠とか名人とかいう意味.パガニーニやリスト、指揮者ではフルトヴェングラー、バイオリニストではフーベルマン、ピアニストではコルトーやケンプなどが最後の ヴィルトゥオーソ と言われる. ※6 前奏曲集 作品23 及び 32 スヴァトラフ・リヒテルのピアノ演奏(R412)で聴いたが、協奏曲とは異なり大変聞き易い馴染みの良いメロディーが続く、何度でも聴いてみたい曲と感じた. 今回の雑感記録に際して、改めて聴き直した作曲家の作品リストを参考までに下記の表にした. VILLA SENAR: A MAGICAL PLACE SUPPORTED BY RACHMANINOFF FOUNDATION
- 2/28/2022 MONATS-Trio Concert on Saturday, February 26, ― アマチュアの楽しみ
新しいピアニストのメンバーが昨年の夏から加わり、コロナ禍の中、2月26日土曜日の午後、2年ぶりに近所の教会でのコンサートを無事終えた.カリフォルニア州、および、サンマテオ郡では2月16日よりマスク着用の規制が取れたため、幸運にもマスクなしで演奏ができたが、各々当日の朝、COVID-19のテストをしてNegativeであることを確認してからの演奏であった. 家族、友人の暖かいサポートを受け、 現在まだまだ演劇、コンサート等への外出を控えている人が多いなか、約30名弱の方々に来ていただき ( 演奏に反省はあったとしても)アマチュアの演奏としては精いっぱいの演奏であった.そして以外にもたくさんのお褒めのお言葉をいただいたことは嬉しい限りであった. プログラムは、 Oblivion Astor Piazzolla (1921-1992) Arr. for violin, cello, and piano by José Bragato (1915 - 2017) Piano Trio in G major, Hob, XV: 25 “Gypsy” Joseph Haydn (1732 - 1809) · Andante · Poco Adagio · Finale. Rondo all’Ongarese. Presto Piano Trio in C minor, Op. 66 Felix Mendelssohn (1809 - 1847) · Allegro energico e con fuoco · Andante espressivo · Scherzo . Molto allegro, quasi presto · Finale. Allegro appassionato アマチュアの楽しみとは(アンサンブルの場合)勿論音楽好きで、ともに演奏することが至上の楽しみ、また喜びであって、その成果を家族友人と分け合いたいと思う、大変に「ソーシャルな楽しみ」であることを最近特に感じるようになった.勿論向上心は常にあってもプロとの違いは皆自覚しており、結果はさておき「弾いて楽しむ」」ことが第一の目的であることは、MONATS-Trioの共有している価値観であり、メンバー間の競争はなく、気が合う仲間という大変に居心地の良い趣味の世界である.
- 3/9/2024 本のレビュー、サマセット・モーム著「月と6ペンス」The Moon and Sixpence by William Somerset Maugham
本書は作家である主人公の「私」が語る、ゴーギャンの半生を書いたとされる 歴史的大ベストセラー <あらすじ> 作家である主人公は、ストリックランド夫人の夕食会に招かれ、彼女の夫チャールズ・ストリックランドに会う.チャールズはロンドンで株の仲買人をしていたが、突然、家族を残して行方をくらませる.主人公は夫人に頼まれ、チャールズが住むパリへ向う.チャールズは貧しく孤独な生活を送っていた.絵を描くために家族を捨てたと話す. 5年後、主人公はパリで暮らす.三流画家のダーク・ストルーヴを訪れると、チャールズを知っており、その才能を誉める.チャールズに会うと「ストルーヴは何の特技もない奴」と冷たく言う.チャールズの暮らしは更に貧しくなり、クリスマス前にストルーヴと共にチャールズのアトリエを訪れると、彼は重病に臥していた.ストルーヴが彼の妻にチャールズを家で看病したいと話すと、ストルーヴの妻は強く反対した.だが、夫に説得されチャールズの看病をするうちに妻はチャールズに好意を寄せるようになる.終に夫を棄ててチャールズを看護するが、チャールズからは愛されず服毒自殺をする.妻の死を知ったストルーヴは失意のどん底にあるにもかかわらずチャールズを故郷のオランダに誘う.主人公はチャールズに会って、彼の家族や周囲に対する冷酷さと口の悪さを厳しく批判する. その後、主人公は タヒチ を訪れる.そこでチャールズと仕事をしたというニコルズ船長に出会い、チャールズが船乗りをしていたと聞く.宿屋のティアレはチャールズにアタという妻を斡旋した.医師のクートラはチャールズが ハンセン病 に感染した晩年のことを語り、彼の遺作は遺言によって燃やされたことを知る. ロンドンに戻った主人公はストリックランド夫人に再会.タヒチでのことを話し終え、チャールズとアタとの間にできた息子が大海原で船を操っている姿を想像していた. <ブッククラブでの感想> この小説のチャールズはゴーギャンがモデルと言われていますが、 時代背景やゴーギャンが最後に描いた絵にまで興味が持てました.「天才、凡人」、「悪魔、天使」、「拘束された人生、自由な人生」、「男の人生、女の人生」等の人生の違いから「良い、悪い」ではなく、キリスト教の教えの神の存在、運命は神が与えたものであることを語っているようなストーリーであると思います.また私は神に選ばれない凡人でよかったとも思いました. ゴーギャンの絵を鑑賞したことも、鑑賞し得る絵心もないまま、チャールズの徹底した冷酷さ・残忍さ・狂気を「天才画家」故と案外すんなり受け入れ、彼の壮絶な生涯の物語を一気に読み切りました.モームの作品は初めてでしたが、登場人物や情景描写の解像度が鮮明で、人間の心理や世相の核心をつく言葉もちりばめられており「月と6ペンス」というタイトルのきっかけを生んだというモームのもう一つの代表作「人間の絆」も読んでみたいと思います. チャールズのタヒチでの暮らしの描写の中で「チャールズの住まいには音がなかった」、「大気は夜に咲く白い花の香りがする」等の表現が特に印象的でした.無謀に見えるチャールズの人生ですが、彼は自然美や美術という宗教に取り憑かれ、邁進した人生だったのではと思いました. 本書の最後に引用されている "The mills of God grind slowly, but they grind exceeding small" の意味を調べてみると「神のみわざを讃える」というより、神のDivine retribution (天罰のようなもの)のようです ( https://wikipedia.org/wiki/Mills of God ) チャールズが癩病で亡くなったことを神の罰だとロンドンの息子ロバートが言ったことに対して、主人公の作家は後妻アタの息子が実に自由に生き生きと成長していたのを思い出し、違和感をもったのかもしれません.日本語訳を読んでもう一度考えてみます.それにしても本の余韻を残す凄い幕切れだと思います. モームの作品を読んだのは初めてでしたが、モームについて調べると吃音や親との別れなど、幼少時から万丈な人生だった様ですね.それが作品の構成や深さに繋がっているのではないかと思います.平坦な人生を送った作家にはチャールズの様な複雑で冷酷な登場人物は書けないかもしれません.そして、シンガポールのラッフルズ ・ ホテルは主人公の常駐場所だったようで、サムセット駅はそこから来ているとのこと.シンガポールに行った時には、立ち寄りたい場所です. 「月と6ペンス(サマセット・モーム著)」The Moon and Sixpence by William Somerset Maugham
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