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空の検索で116件の結果が見つかりました。

  • 4/15/2022 私の最愛なるジェット(from North Carolina)

    私の春のプロジェクト、庭作り、を助けてくれる私の最愛なるジェットは、人懐こい生後14か月のシェパード犬で、私が苗床の上にシートを敷くのを助けてくれているつもりです.ジェットはいつも私が取り組んでいるものの上に立ってボールを落としているので、私のプロジェクトは結局あまりかたづきません. ジェットは私の後を常に付きまとっています. 服従のためには最高ですが.、ホームプロジェクトの完了には最悪です😊 ジェット、草刈り手伝う ジェット、とても幸せ ジェット、グレンデルと綱引き

  • 1/18/2022 楽器演奏とキネマの会の道半ば ~退職後に始めた趣味の世界~(part 1 of 2)

    サックスとの出会い 約20年前にビジネスマンとしての会社生活を終える頃から楽器(サックス)演奏を始め、暫くして仲間を募って演奏グループとして「宝塚マスターズ・アンサンブル(愛称:TMA)」を立ち上げ、主として高齢者施設でのボランティアで当初は月に1~2回演奏しました.同じ時期に映画と音楽を楽しむ会として「宝塚キネマと音楽を楽しむ会」(通称:キネマの会)をほぼ毎月開催し、こちらはこれまでに220回を重ね、合計350本程度の名画の鑑賞と、時にはゲスト演奏者を招いての演奏を楽しむ会を続けてきました. サックスとの出会いは20数年前に楽器教室での体験レッスンを始めた時からで、生来の音楽好きであったとはいえ、特別にサックスが好きだったわけではありません.しかし奇妙な事に、1961年に当時は大手の繊維会社に就職して初めて赴任した大阪府南部の工場で、6カ月の経理実習をしていた間、女子バレーボール・チームのマネジャー(実際はボール拾いや声掛けと対外遠征試合の同行)を課長から命ぜられてやっていました.6か月後に兵庫県の工場へ転勤するのですが、その際にバレーボール・チームから餞別にもらった物が、何とジャズ・サックス奏者の大御所ソニー・ロリンズ演奏の1枚のレコードでした. それから数十年後に私がサックスを吹き始めた頃に、ずぶの素人女子高校生たちが吹奏楽を始めて全国優勝まで上り詰めるという痛快な映画「スイング・ガールズ」が大ヒットしました.この映画のモデルとなった高校は諸説ありましたが、その内の一つ長野県のある高校の指導部の先生にアポを取り、同校を訪問し映画撮影までの秘話をお聞きました. 当時のレコードジャケット⇒ 訪問した長野県のある高校の映画「スイングガールズ」関連展示物 「映画・ミュージカル・楽器演奏 ~感動が生き方を変える~」ミニ演奏会開催 思い起こせば、2006年に「映画・ミュージカル・楽器演奏 ~感動が生き方を変える~」というタイトルで、現在の自宅のある兵庫県宝塚市の「ソリオ・ホール」で市民を対象に全4回の講演とミニ演奏の会を開催したのが、その後の私の活動の端緒であったと思います. 元来音楽好きだった私はサックスに出会ってからは、勿論上手に吹きたいとは思っていましたが、それよりも好きな曲をどんどん吹きたいという思いが先に立ち、映画音楽、ミュージカル、クラシック、スタンダード、カンツオ―ネ、ジャズっぽい曲、演歌、童謡などレパートリーは急増しました.近年は楽譜はあまり出回ってない往年の名画の音楽(例えば「パリの屋根の下」「めぐり逢い」など)を、講師の先生にCDを聴いて頂き、音符を起こして頂いて(いわゆる採譜)サックスで吹くといった方法でも曲数はより増えました. サックスは19世紀中ごろにベルギーのアドルフ・サックス氏が発明した楽器で、2014年がアドルフ・サックス生誕200年に当たり、世界各地でイベントが開催されました.私は運よくその年にオランダとベルギーに2週間家族旅行で行く機会があり、アドルフの生誕地ベルギーのディナン(Dinant)市まで足を延ばし、ムーズ川に架かる長い橋の全欄干にカラフルな楽器サックスを飾り付けているという、極めて特異な景色を見る事も出来ました. ムーズ川に架かる長い橋の欄干(ディナン市)      アドルフ・サックス・ミュージアム前 「宝塚マスターズ・アンサンブル」などでサックスを吹く場所は高齢者施設でのボランティア演奏が中心ですが、他に演奏した思い出の場所では、「宝塚文化創造館(旧宝塚音楽学校校舎)」のオープニング、兵庫県篠山市のビレッジ、宝塚西谷の森公園、奈良市、大和郡山市、守口市、枚方市、西宮浜、吹田市千里、大阪市の堂島、梅田ハービスENT、天満橋、新大阪や横浜市港北区日吉、東京都港区三田、N.Y.州のシラキュース市、ミズリー州セントルイス市などで、さすがに最近は宝塚市内が活動の主たる場所に落ち着きました. 結成当時のTMAメンバー      ピアノとサックスの二重奏風景 オープン当時の「宝塚文化創造館」 「宝塚キネマと音楽を楽しむ会」 「宝塚キネマと音楽を楽しむ会」は、当初は会場として宝塚市内の2つの公民館を使って映画の上映やゲスト演奏者の演奏をしていましたが、映画上映のための機材(プロジェクター、DVDプレーヤー、音声再生機、コード類他)を自宅から大型の旅行用スーツケースに入れて、電車を乗り継いで運び、現場で組み立て、終了後に片づけて自宅へ戻す迄の作業と更に公民館の部屋取りも行い、その上に上映作品の選定と来場者へのプログラム作成など、相当に好きでもなければ出来ないことをやってきました.数年前から会場を自宅マンションの「集会室」を借りることに変更したので時間的な負担は半減しました.映画上映や演奏が終わると会員同士の親睦を目的に公民館の日本間や居酒屋で乾杯をするのも楽しみで、また春秋には自宅近くの山小屋風の宿を借りて、映画及び音楽仲間と美味な神戸牛でのすき焼きパーティを開いてきました. 「宝塚キネマと音楽を楽しむ会」の仲間たち 山小屋風の宿でのランチ・パーティー風景 筆者後記: 本稿は5~6年前に以前に勤めていた企業のOB会の季刊誌に投稿した文章を現在の自己の状態に照らして一部表現を改めたもので、修正しても直、冗長な表現であったり、分かりにくい部分が多いと思いますが、オリジナリティを損なわない程度に留めたので、その点をご理解いただきたくお願いする次第です.’Part2’ 私の「クラシック映画論」も宜しければご笑読ください.

  • 1/18/2022 楽器演奏とキネマの会の道半ば ~ 私の「クラシック映画論」~ (part 2 of 2)

    私の「クラシック映画論」 昔の映画は名作・佳作が多いと思いますすが、世代が変わると説明しても中々に伝わり難いのが常で、数年前から私が思う「クラシック映画論」について、以下のように説明すれば他の人に分かりやすいかな~と思うようになりました. 現代は兎にかく毎日が忙しい!!! IT(またはコンピューター)が発達し、情報はスマホやラインで見たりやり取りする社会がその傾向を一層助長しているように思えます. 私の生きてきた時代も高度経済成長期であり、大変忙しかったように思いますが、ITがまだ未開発の時代だったので情報を瞬時に取得することは難しく、情報のある所や場所へ出向く(アクセスする)必要がありました.つまり、辞書や百科事典を紐解いたり、新聞や雑誌を見たり、映画を見たり、音楽会を聞きに行ったり、レコードを聴いたり、絵画展に行ったり、読書をしたり... この中で前半部分、すなわち辞書や百科事典を紐解いたり、新聞や雑誌を見たりが、ITの発達のおかげであまり必要とされなくなりました.そして後半部分、つまり映画を見たり音楽会に行ったり、レコードを聴いたり絵画展に行ったり、読書をしたりは、映画を見たり以外は、音楽、図工、国語といった小中学校で知育として学ぶ授業の課目にある分野であり、好きか嫌いかは個々人で違うにしても、基礎的な知識と実技は学ぶ機会のある芸術文化であることが分かります. 音楽についてはクラシック音楽の歴史について、バッハ、ヘンデル、ハイドン、ベートーベン、モーツアルト、ブラームス、ショパン、メンデルスゾーン、チャイコフスキーやドビュッシー、ラベル、ビゼー、ムソルグスキーなどから近代のヒンデミット、ベルグや武満 徹まで名前は教科書にも出てくるし、ピアノやオルガンを伴奏に歌を唄い合唱するという授業もあります.絵画も図工の時間に、画家の歴史について、ボッティチェリー、ミケランジェロ、ラファエロ、ミレー、コロー、レンブラント、モネー、ルノアール、ドガ、ターナー、ピカソ、ゴッホ、クリムトなどの名前と代表作が教科書に印刷されていたし、西洋文学ではシェークスピア、ヘルマン・ヘッセ、トルストイ、ドストエフスキー、ヘミングウエイ、日本文学では森鴎外、樋口一葉、夏目漱石、山本有三などを必ず思い出します. 映画は娯楽か芸術か「クラシック映画論」 映画を芸術文化と認めるか否か、つまり単なる娯楽か大衆芸能と考えるかどうか議論の分かれる所かと思いますが、学校の授業では取り上げられないこともあり、また一本の作品を鑑賞するには最低でも2時間程度は時間を必要とします.又どれが良い作品なのか分からないし、私の思う良い作品は殆どが1940年代、50年代、60年代に集中していて、それらの作品を見る機会はなかなかない.感動を呼ぶ良い作品(傑作とか秀作)に行きつかないのが現代の社会ではないかと思います.傑作・秀作と呼ばれる映画は、原作や脚本及びテーマがしっかりしているものが多く、それを支える監督、俳優、キャメラ、音楽がまたしっかりしているためだと思います. 1970年代以降に制作された映画は、強い刺激を求める人たちには満足のいく作品かも知れませんが、観る人に感動を与える良い作品は極めて少ないと言っても過言ではありません. 依って、現代の人たちが少ない時間を割いて劇場で見る映画は、例えば文学で言えば古典を読むことなく、いきなり村上春樹やカフカを読んだり、絵画で言えば印象派の絵画を鑑賞することなく、いきなりピカソや池田満寿夫の作品を見ていたり、音楽で言えば古典派やロマン派の名曲を聴かずして、ベルグや武満 徹の音楽に接している可能性が高いと思います.どんな芸術文化でも同じですが、良い作品に出合うまでには、その数倍又は時として数十倍もの平凡な作品や駄作、見るに値しないくだらない作品を見聞きする中から、良し悪し (好き嫌いも含めて) の価値基準が自ずと自分の中に出来てくるもので、その過程もまた大切だと思います.しかし、現代社会はあまりにも忙しいのと、映画に関してはもう一つ厄介なことに、作品の保存状態で経年劣化してカラー物は色彩が衰える度合いが、他の芸術文化の作品に比べかなり激しいので、古い時代の映画を沢山見ることは、殆ど不可能に近いと思います.音楽ではレコードが同じように劣化しますが、音楽の場合には作曲家の作品の演奏であり、演奏者の作品の劣化であって、映画のオリジナリティとは少し異なると思います.私の思う感動をもらう良い作品(傑作や秀作)は、1960年代以前に殆ど制作されていて、従って、それらの事を私は「クラシック映画論」という呼び名で理解して頂こうと思うようになりました. 筆者後記: 本稿は5~6年前に以前に勤めていた企業のOB会の季刊誌に投稿した文章を現在の自己の状態に照らして一部表現を改めたもので、修正しても直、冗長な表現であったり、分かりにくい部分が多いと思いますが、オリジナリティを損なわない程度に留めたので、その点をご理解いただきたくお願いする次第です. ’Part 1退職後に始めた趣味の世界’ も宜しければご笑読ください.

  • 1/12/2022 Mendelssohn Octet E flat major, op. 20 (メンデルスゾーン八重奏曲、op.20、変ホ長調)

    1825年10月15日、メンデルスゾーンは16歳のときに、最初の(議論の余地がないと言われている)傑作 オクテット(八重奏曲)op.20  変ホ長調を完成させた. メンデルスゾーンは、彼の親友でありヴァイオリン教師であったエドワード・リッツ(またはエドゥアルト・リッツ、1802年10月17日ベルリンで生誕、1832年1月22日ベルリンで死没)への誕生日プレゼントとしてこの作品を書いた. 1年後17歳で、彼のもうひとつの傑作であるシェイクスピア劇「真夏の夜の夢」の序曲を完成した. これらの二曲は、彼の初期の作品の中で最もよく知られている傑作である. ヴァイオリン4本、ヴィオラ2本、チェロ2本(二重弦楽四重奏)のために書かれたこの作品は、新しい室内楽のジャンルを生み出した. コンラッド・ウィルソンは「その若々しい活気、輝き、完璧さは、19世紀の音楽の奇跡のひとつである」と述べ、メンデルスゾーン自身その公開スコアで「このオクテットはすべての楽器が交響楽団のスタイルで演奏する必要がある.ピアノとフォルテ(曲の強弱)は厳重に観察し、このキャラクター(強弱)を通常よりも強く強調する必要がある」と指示した. 作品は4楽章からなり、通常は約30分の演奏で、最初の楽章は最も長くその約半分を要する. アレグロ・モデラート・マ・コン・フオコ(変ホ長調) アンダンテ(ハ短調) スケルツォ:アレグロ・レギエリシモ(ト短調) プレスト(変ホ長調) ジャスパー・ストリング・カルテットとジュピター・ストリング・カルテットが演奏するオクテットを聴いたが、その素晴らしい execution (弾き方の技術・実行) が印象的だった.メンデルスゾーン自身が特に気にいっていたといわれるこの曲、お薦めの一曲である.

  • 12/17/2021 今年も大変な年になりました

    多くの方々にとって、今年もまた大変な年になりました.健康でよい新年をお迎えくださいますよう心から願っております.私は年末年始メンロパークの自宅で過ごしますが、新型コロナウイルスの新たな変異株「オミクロン株」の状況が悪化しなければ、3月中旬から日本へ、晩春にはパリへと予定を立てております.今年は数回帰国を断念しなければならない状況になり大変に残念でしたが、2年以上米国に釘づけのあと、来年からやや「通常に近い」生活に戻れますよう願っています. 長かった「在宅」で得られたこともありました.バイオリンを練習する時間が増えたこと、アンサンブルをできるだけ友人とご一緒したこと(音楽の友人たちに感謝)、当ブログ(www.emimusicfriends.com)を始めたこと(ご投稿頂いた皆さまに感謝)、散歩が生活の一部になったこと、近しい友人たちと外食をせず自宅で会食する機会が増えたこと、依って一年中料理をしていました. 私のピアノ・トリオ・グループ、MONATS-Trioに、夏から新しいピアニストを迎え、来年2月26日土曜日にリサイタルを2年ぶりに開催することになりました.米国、Bay Area にお住まいでしたら、是非お遊びにいらしてください. 引退してから早10年.「生産性」の非常に低い毎日を送っていますが、ようやく、ペースの遅い「非生産的」な生活を楽しめる心境になりました.このライフ・スタイルの変化は、コロナ禍による「在宅」が強制されたことによるものであるかとも思われます.また、このスロー・ライフを過ごす過程において、幸せとは亡夫の人生のモットーであった “something to do, someone to love, and something to hope for.”「好きなことをして、人を愛して、そして常に希望をもつこと」であることを改めて実感した次第です. 2022年の干支は虎、私は年女です.虎がどうして干支の「3番目」かという中国の伝説を最近読んだのですがご存じでしょうか.干支の順序を決めるために、諸々の動物が競う中、虎は自分のスピードと活力がほかの誰にも負けないと確信していたそうです.しかし、虎が最初だと思って川からあがったときに、既に鼠(亡夫の干支)がその狡猾さで1位になり、牛(兄の干支)がその勤勉さで2位になったことを知りました.よって、ジャングルの王の「虎」は3位に落ち着くことになったそうです😊😊😊. 虎には魔よけの意味もあるそうです.2022年が皆さまにとって、健康第一で、安全な、多幸の一年になりますよう心から願っております.また本ブログへのご投稿お待ちしております.本年もよろしくお願いいたします.

  • 11/27/2021 フィルム・レビュー「スペンサー」

    ドラマ 定格:R スター:クリステン・スチュワート、ティモシー・スポール、ジャック・ファーシング、サリー・ホーキンス 監督:パウロ・ロレーヌ ライター:スティーブン・ナイト 映画は次の言葉で始まる「(このフィルムは)本当の悲劇からの寓話」.この引用に私はこの映画にちょっと躊躇感を覚えた.このフィルムを観ている間、私は常に自分にこう問いかけていた.「これは本当に起こったことなのか、あるいは純粋なフィクションなのか?」と.映画館を出た後、私はこのフィルムまたダイアナ妃に関して調べてみた.そして映画のいくつかのものは事実に基づいていていても、映画のほとんどは作家、スティーブン・ナイト、の架空の記述だということを知った. この映画は、英国王室が毎年クリスマスを過ごすサンドリンガム城を再現するためにイギリスとドイツのさまざまな場所で撮影された.期間はチャールズとディアナの結婚の終わりの時期にあたる. 私にとって最も興味深いシーンのひとつは、映画の早い段階で登場した.それは、皇室一族が3日間の休暇過ごすその前に到着して、サンドリンガム城で諸々の準備をする側近を映している.トラックが次々と私道を下りてくると、制服を着た男性の大勢のスタッフが、手の込んだ食べ物、花、ワインを素敵なバスケットに入れてキッチンに運ぶ.彼らがセットアップを完了すると、キッチンの上の「静かに! 彼らはあなた達の声を聞くことができます」と書かれたサインをカメラが静かに左から右に写す.この骨を冷やすようなサインは物語のトーンを始めに設定し映画全体に流れる. 映画の焦点は、ダイアナがチャールズとの結婚の終末期に信じられないほど不幸であったかにあり、彼女が常に不機嫌で、落ち込んでいて、子供のように振舞っていたことを描写している.象徴的に、彼女はアン・ブーリンについての本に夢中になっていて、アン・ブーリンが時々彼女と一緒にいることを想像することによってアンの窮状を自身の立場と関連させる.ダイアナが子供の頃の家に侵入し、ホールで踊り、野原で走っている夢のようなシーンもあるが、これには私は少々閉口した.ダイアナを演じたクリステン・スチュワートは、ダイアナのアクセントをよく真似て演じたとは思うが、私は彼女が演じるダイアナを本当に気の毒には思わなかった.実際、ウィリアムとハリーを演じた少年たちは、彼女の気分のむらと感情的の犠牲者だったので、私はかえって幼い彼らを気の毒に思った. ファッションが好きな人のために、スチュワートはダイアナがこれまでに着ていた数枚の最も有名なドレスを着ているシーンがある.なぜそれが映画に登場したのか私には意味がわからないが、衣装部門の努力とスキルは素晴らしいと思った. 映画は観て楽しかったし、セットのデザインと衣装は大変によいと思ったが、結局、ダイアナ自身がこのフィルムを観たとしたら、決して彼女は、映画の中のダイアナに関する解釈と表現を好ましく思わなかったのでないかと感じた. https://www.youtube.com/watch?v=Lagauhb5GyY

  • 10/4/2021 フィルム・レビュー「芸者の回顧録 Memories of A Geisha」

    PG-13 出演:チャン・ツィイー、渡辺謙、ミシェル・ヨー、大後寿々花、マコ、コン・リー 監督:ロブ・マーシャル プロデューサー:スティーブン・スピルバーグ 音楽:ジョン・ウィリアムズ 上映時間:2時間25分 最近、エミさんとランチをご一緒したときに、日本の芸者の話題になった.アメリカ中西部出身の私にとって、この話題はいつもエキゾチックに聞こえ、そして彼女たちは常に非常に美しく見えた.エミさんとの会話は主に芸者の「芸事」についてで、私はもっと知りたいと思った.その晩、何年も前に芸者についての映画があったことを思い出し、2005年にデビューした「芸者の回顧録、Memories of A Geisha」という映画を早速観た. このドラマは、1920年代に京都の置屋に売られた千代という9歳の少女の架空の物語であり、第二次世界大戦後まで彼女の人生を追っている.別の置屋に売られていった妹から離れて暮らすことは、9歳の子供にとって非常にトラウマ的な体験である.千代は置屋の女中で幼いながらこき使われ、置屋によい収入をもたらす人気者の年上の芸者に虐待される.置屋の女将は、千代が故意で不従順であるため、名前を「さゆり」に変える.少女はもはや自分の名前さえ持っていない. さゆりは芸者の生活に魅了されるが、女将は高額な修行をさゆりにさせることを拒む.偶然にも、さゆりは彼女がもつ独特な何かに惹かれ、彼女の諸々の芸事にかかるお金を払う親切な紳士と出会う.そしてさゆりは芸者として厳しい芸事の修行に乗り出す. この回想録は、アメリカの作家アーサー・ゴールデンが書いた同名の小説に基づいている.ゴールデン氏がこの物語を作るためにどのような研究をしたのか私には解からないが、彼が芸者に関する独特の文化および背景に忠実であったことを願っている.ジョン・ウィリアムズの音楽はこの映画に素晴らしいアンダートーンを設定し、撮影も素晴らしい.スティーブン・スピルバーグのプロダクションの手腕も素晴らしい. 但しこの映画について言えるのひとつの問題は、女優の多くが日本人ではなく中国人であるということだ.これはハリウッドのせいにするしかない!しかし、すべての俳優は素晴らしいパーフォーマンスで、物語は悲しくも美しい. https://www.youtube.com/watch?v=4L-xlmakQvc https://www.youtube.com/watch?v=YFhNH2KdG9k

  • 9/13/2021 音楽家と作品への雑感「チャイコフスキー」

    第2章  ピヨートル・チャイコフスキー Peter Tschaikowsky (1840年~1893年、53歳没) チャイコフスキーは幼いころから音楽には興味が強かったが、両親は音楽が趣味の一つ程度の環境で、本人は法律学校を卒業し官吏となるが、20歳頃にはペテルスブルグのロシア音楽院の第1回卒業生として音楽家としての教鞭も取るようになる.初期にはパラキレフを始め国民楽派の<5人組>と交流し、音楽院時代には師であるアントン・ルビンシテインの影響を受け、作風は西ヨーロッパの伝統に根ざしたもの.37歳で教え子と結婚するも直ぐに離婚.その後、スイス、イタリア、フランスで生活することが多く、富豪の未亡人メック夫人の年金援助を受けながら作曲活動に専念した.45歳からはモスクワに戻り、最も充実した活動期に入る.しかし、高まる名声に反し、健康は過労のため悪化し、メック夫人の援助打ち切りにも合いペテルスブルグでチフスのため53歳で死去. 私は先の戦争(76年前に終戦を迎えた太平洋戦争、第2次世界大戦)の昭和20年(1945年)8月15日の終戦の年の3月に東京大空襲を自宅の東京都渋谷区で経験し、その年の6月に縁故疎開で長野県南安曇郡(現在の安曇野市)へ移った.6年後の昭和27年(1952年) に以前住んでいた渋谷の家が焼失していたので家族は東京都大田区に戻った. 終戦後間もない当時、東京都大田区の自宅で父親は忙しい日々の中でも、自宅の庭のバラ園の手入れと、何故か数枚のレコードを毎日のように聴いていた記憶がある. 1枚はクラシック音楽のチャイコフスキー交響曲第6番「悲愴」であり、もう1枚はアメリカン・ポップスのダイナ・シュアが歌う「ブルー・キャナリー」だった.何故この2曲を繰り返し聞いていたのか、ついぞ父親に尋ねることもなく過ごしてしまったが、私がチャイコフスキーを先ず知ったのは、この脳裏に焼き付いた「悲愴」の憂愁で甘美な旋律からと言える. 因みに、私の母親は文学書を読むのが好きで、特に「万葉集」には造詣も深く、万葉集の仲間と毎月のように小旅行をするのが楽しみであったことを思い出す.又、母は昭和18年(1943年)に原因不明の爆発事故を起こして柱島沖で沈没した戦艦「陸奥」の主計官として乗船していて殉死した、次弟の慰霊の旅に毎年参加していたことも強く思い出に残っている. チャイコフスキー作品の特徴は甘美な旋律と憂愁の味わいに満ちたもので、直ぐにでも口ずさめるメロディーが多いと思う. チャイコフスキーの作品の中ではやはり、耳に残る旋律の交響曲の第6番「悲愴」、ピアノ協奏曲第1番、バイオリン協奏曲を先ず聴きなおすことにした.その後に3大バレエ曲を聴きなおし、クラシック・バレエの神髄はこれにありと改めて思った.「白鳥の湖」「くるみ割り人形」は素晴らしく、バレエ組曲「眠りの森の美女」(作品66)は第5曲の“ワルツ”が曲の題名を表現するように軽快で楽しめる.又、「アンダンテ・カンタービレ」(弦楽四重奏曲第1番ニ長調第2楽章)もチャイコの甘美な旋律が心に沁みる. 今回の雑感記録に際して、改めて聴き直した作曲家の作品のリストをご参考まで下記、表にした. ※①交響曲第5番ホ短調(作品64):改めて聴くと第6番「悲愴」と比べても勝るとも劣らない甘美な旋律と憂愁な味わいに満ちた名曲だと思う. ※②交響曲第6番ロ短調「悲愴」(作品74):絶望的な悲嘆感が全曲に漂い、その効果は比類なきものと改めて思う. ※③ピアノ協奏曲第1番変ロ短調(作品23):1874年(34歳)に、僅か1か月で書き上げた、汲めども尽きぬ楽曲が豊かで流麗なこのピアノ協奏曲は豪壮華麗な冒頭が印象に残る屈指の名曲.中村紘子のNHK管弦楽団との演奏(1997年)は心に残る. ※④バイオリン協奏曲ニ長調(作品35):奇しくも、ブラームスのバイオリン協奏曲と同年の1878年(38歳)の作曲.演奏者泣かせの難曲と初演に際しては不評だったが今や名曲.諏訪内晶子のチャイコフスキー国際コンクール最年少優勝(1990年)のモスクワ大ホールでの演奏は楽員が全員退場後も聴衆の拍手鳴り止まなかった.庄司沙矢香と指揮ユーリ・テルミカノフ/サンクトペテルグルグ交響楽団とのNHK音楽祭(2008)の互いの信頼関係が満ち満ちた演奏には感動する. ※⑤バレエ組曲「白鳥の湖」(作品20):バレエを愛好する人が先ず引き込まれてバレエ・ファンになったきっかけは、この作品からだろと思わせる流麗なテンポの良い旋律が心地よい.アンセルメ指揮によるスイス・ロマンド管弦楽団の演奏は淡くデリケートで心地よい. ※⑥バレエ組曲「くるみ割り人形」(作品71):所謂、3大バレエの最後の作品.物語をホフマンの童話からクリスマスに起こったオモチャとお菓子の国での出来事というメルヘンそのものを題材に、実に豊かな創造力と想像力を示して、楽しく美しい音楽に仕立て上げた名作だと思う. ※⑦弦楽セレナード ハ長調(作品48):バッハやブラームス等のドイツ音楽の影響を滲ませながら、独特のスラブ的哀愁を随所に滲み出て美しい.特に、第1楽章では小高い丘陵に咲く草花と小さな池の深みに泳ぐ小魚を彷彿させるような旋律と、第2楽章はN響アワーのオープニング(1995年)他で流された甘美なメロディーで、いつまでも聴いていたい名曲中の名曲と言っても過言ではない.コリン・デービス指揮によるバイエルン放送管弦楽団の演奏は秀逸. 2021年9月10日記

  • 9/8/2021 本のレビュー、フランソワ・モーリヤック(François Mauriac)著テレーズ・デスケルゥ (Thérèse Desqueyroux)

    <あらすじ> 第1章は裁判所を出るテレーズとその父親で始まる.弁護士から彼女の罪は不起訴になったことを冷たく知らされ、父親と言葉少なに馬車に乗り込むテレーズ. 第2章からは少女時代の回想と現実が交差する.テレーズの少女時代の友人アンヌは妹のような存在.結果、アンヌの兄、ベルナールと結婚することになる.ベルナールとアンヌの両親は大地主だが教育はない.テレーズは地元の議員の娘であり、両家はこの結婚には賛成だが、家族同士の競争心の様なものも見える.やがて、テレーズは夫の家族には土地と財産が名誉であり、跡継ぎの男子を生まないといけないというプレッシャーや育ちの違いにも気づくことになる. やがてテレーズは出産するが、子供に関心を持つことができず、すべてに無気力になってしまう.ベルナールの家族や執事達は冷たく、テレーズは寝室に留まりタバコをふかす毎日.しばらくして、テレーズは夫に対して罪を犯すが、故意なのか放心の中で犯したのか分からない精神状態.その裁判の結果が第1章のシーンである.裁判の後、最後の幕は夫とパリへ行き、カフェでお互い同意のうえで別れ、夫は去っていく. <ブッククラブでの感想> 「素晴らしかった!さすが、ノーベル賞受賞者の作品だけあって、とても一言では感想を言えないですが、閉ざされた世界からの脱出は永遠のテーマですね.自分を偽らずに、生まれてから死ぬまで一つの家族や地域の中で生きていくのは難しいと思う今日この頃.人生の選択は一生ものではなく、プロジェクトだったらいいのに、と思ってしまう.社会が個人にある型に留まるように圧力をかけると、そこに留まるために自分自身および他人に言い訳を考えて落ちていくスパイラルにはまってしまう、誰でもテレーズになり得ると思います.テレーズは、自分では殺人未遂前後でもドラスティックな変化がないと思っているのに対して、ベルナール、父親やアンヌの変わりようも見事に描かれていると思いました.人間みなそうなんでしょうね、自分は一貫していると思っている、その悲しさが心に残りました.」 「色々な意味で読み応えのある本でした.まず翻訳者によって本ってこんなにも違うものかということ.遠藤周作さんの訳はとてもこなれていて読みやすかったです.彼の作者への愛情を感じます.映画も見たのですが、本に忠実でした.馬車と車の違いはありましたけど、風景や人物像の描き方も本を読んで想像していたものをさらに豊かにしてくれるようでよかったと思います.ただ最後の13章、パリでベルナールとの最後の場面、これは原作の持つ深い意味、感情を全て映像で表すのは難しいように思いました.自分の想像力の問題もありますが.何れにしても最終章は本の方が素晴らしいのは確かです.」 「夫に対して罪を犯し、子供は他人任せの妻.当時、この出版はカソリックの影響が強かったフランスの田舎では問題になったと思う.裕福で満ち足りている時に感じる、家庭の閉塞感は贅沢病と解釈されることもあり、近代の現象とオーバーラップしてテレーズの感情が分かる気もするが、現代の女性の方が短絡的であり、楽観的に早期に「別れ」を切り出すのではないかと思う.夫に対する憎悪を抱いてまで暮らしていく女性とその時代の宗教観は、文章では理解できても「なぜ?」と思った行動、生き様であったでした.モーリアックが当書で書こうとした一部は、それぞれの人物が持つ目に見えないエゴであり、それが悲劇につながったのではないかと思う.」 「主人公たちの心模様の変化が本当に面白かった.現代だと、Netflixで産後の鬱になった裕福な主婦のスリラーとして映画が作られそうな感じ.」 François Mauriac (1885年10月11日 - 1970年9月1日) https://archive.org/details/in.ernet.dli.2015.185018/page/n7/mode/2up

  • 9/10/2021 フィルム・レビュー「命の価値(Worth)」

    PG-13 出演:マイケル・キートン、スタンリー・トゥッチ、エイミー・ライアン、ローラ・ベナンティ 脚本:マックス・ボレンスタイン 監督:サラ・コランジェロ 人間の命の価値はどう決められるのか? 9/11以降に起こったことの実話に基づき、遺族に犠牲者の死を補償する査定の過程において、この映画は問いかける「CEOの命と清掃員の命の価値は同じであろうか?」「失われた命の価値はどのように査定できるのか?」 マイケル・キートンは、9月11日ニュー・ヨークで起こった惨事に関わる犠牲者補償基金を率いる有名な調停人ケネス・ファインバーグを演じている.ファインバーグはこの悲劇に大変に心を痛め、彼は彼の法律事務所が、世界貿易センター (World Trade Center) と国防総省 (Pentagon) で亡くなった人々の家族への補償に無料で携わる決心をした.ファインバーグは「数字」男であり、事件を解決するために、過去、多くの紛争を両当事者が相互に納得できる解決案を導いた. しかし、9/11の状況は、ファインバーグがこれまで取り組んできた事件とはほど遠いものであった.数年に渡り、彼は自分の過去の「公式」が今回はうまくいかないことに気付き、家族のために正義を得ようとする過程を描く. 私は9/11の恐怖に関わるのこの部分のエピソードを知らなかった.この映画は最近の歴史の中で最も悲劇的な事件のひとつを扱ったもので、私たちに刺激的で感動的なエピソードを提供する. https://www.youtube.com/watch?v=OOAemeB9CAw

  • 8/2/2021 盛夏のリサイタル

    今日から盛夏の8月です. 東京オリンピック競技もたけなわ、日本は金メダルラッシュで、どの競技を観ても興奮する祭典も残り1週間となりました.新型コロナ禍拡大が大変心配な状況でもあります. 本日、私はサックスのピアノ伴奏を日頃付けて頂いているピアノ教室の講師の先生のピアノ教室発表会(@宝塚文化創造館 - 旧宝塚音楽学校校舎)に昨年末のクリスマス・コンサート以来の出演者25人の内、一人だけサックス演奏で出演しました. 本番直前のリハーサルにおいて、ディズニー映画「白雪姫」から「ハイホー」 https://www.youtube.com/watch?v=r0jUiHXH39k 本番にて、映画「旅情」からSummertime in Venice https://www.youtube.com/watch?v=xF7v69je3sc 超、気持ちいいー!(北島康介選手の真似で~す!)

  • 9/5/2021 フィルム・レビュー「失われたレオナルド The Lost Leonardo」

    PG-13 作家:アンドレアス・ダルスガード、クリスチャン・カーク・マフ、アンドレアス・コエフォード、マーク・モンロー、デュスカ・ザゴラック 監督:アンドレアス・コエフォッド 時間:1時間36分 「麻薬、売春、芸術は世界で最も不透明なビジネスだ」これは、この魅力的なドキュメンタリーのためにインタビューされた人の一人からの引用である. 「失われたレオナルド The Lost Leonardo」は、救世主ムンディ(世界の救世主)の絵を誰が描いたかという謎を解き明かそうとする. この絵画は2017年11月15日にニューヨークのクリスティーズで4億5000万ドルで競売されたこれまでで最も高価な絵画として知られている.なぜそんなに莫大な金額が払われたのであろうか.多くの人がそれはレオナルド・ダ・ヴィンチの失われた傑作であると信じているからだ.ダ・ヴィンチの既知の絵画は世界で20点しかないため、この作品は非常に価値のあるものになる.しかし、この絵は本当にレオナルドによるものであろうか?これが映画の前提であり、私は確固たる結論を出せずに映画を観終わった. 現代のテストでは、サルヴァトール・ムンディは1499-1510年に描かれたものであり、クルミのパネルに油が塗られていることが証明されている.ダ・ヴィンチが描いた年代と彼が作品に選んだ媒体等全てが一致している.しかし、この映画が明らかにしているこの絵の創造については多くの謎がある. このドキュメンタリー映画は、アート・バイヤーのアレクサンダー・パリッシュが数年前にニューオーリンズのディーラーから2,000ドル以下で購入した絵画について話し合うところから始まる.その絵はとても古く、とても傷んでいたが、彼はなぜかそれが本物であると確信していた.彼の金融パートナーと相談した後、彼らは絵を復元する価値があると信じ、ニューヨーク市の有名な美術史家であり復元者であるダイアン・モデスティーニ(写真下)にそれを持って行った. モデスティーニはこの古い絵の表面をきれいに洗浄し始めた.そして、彼女がきれいにすればするほど、モデスティーニはこの絵がレオナルド・ダ・ヴィンチによるものであると確信した.彼女のこのプロセスの話は面白かったし、彼女はこの古い絵画を元に戻すという見事な仕事をした.しかし、それはあまりにもよすぎる話ではないか?この絵は本当にダ・ヴィンチによるものであるのか、それともモデスティーニのものなのか?これは、このドキュメンタリーで尋ねられる多くの質問の1つにすぎない.救世主がニューオーリンズからクリスティーズのオークション・ハウス、そして現在の所有者に至るまでの道のりは、ジェームズ・ボンドの映画のようで、アートのビジネスについて再度考えさせられた. ドキュメンタリー・プレビュークリップ: https://www.youtube.com/watch?v=j0lXLGgQjYY The Lost Leonardoのディレクター、Andreas Koefoed(アンドレアス・コエフォッド)とのインタビュー https://cineuropa.org/en/interview/406183/

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