top of page

Search Results

空の検索で116件の結果が見つかりました。

  • 10/31/2022 フィルム・レビュー "ター" TÁR

    ドラマ・音楽 レーティング: R言語と短いヌードの描写 出演: ケイト・ブランシェット, ニーナ・ホス, ノエミ・メルラン, ソフィー・カウアー 監督:トッド・フィールド 脚本:トッド・フィールド クラシック音楽の国際的な世界を舞台にしたこの映画は、現存の最も天才的能力を持った偉大な作曲家兼指揮者の ひとりと考えられているリディア・ ターを中心に描いている.クラシック音楽の世界では非常に珍しいことではあるが、彼女は女性で初めてベルリン交響楽団の首席指揮者になる.優秀な作曲家兼指揮者、この組み合わせが、リディアに 権力、POWER を与える. 半面、リディアの非常に敏感な聴覚は、しばしば彼女の気を散らし、様々な形で雑音として彼女の日常生活をおびやかす.ドアベル、メトロノーム、女性の叫び声、水が滴る音、等々は彼女を圧倒し、最終的には彼女を破壊的で感情的な道に導く. 私はクラシック音楽が大好きだが、楽器を演奏することも、楽譜を読むこともできない.クラシック音楽の訓練を受けたミュージシャンであることがどのように感じられるかについて、私には何も解らない.しかし、この映画は私にとって非常に啓発的であった.クラシック音楽の芸術が他のビジネスと同等に(あるいはそれ以上に)競争的で政治的であるとは考えもしなかった.この映画は、音楽についてよりもそれにまつわるPOWER、権力についての映画だと思う.権力は善にも悪にも使える.営利目的か芸術目的かは問わない.権力は、武器にも道具にもなり得る信じられないほどの”力“である. この映画は理解するのが難しい場面がたくさんでてくる.強烈、また残忍でもあり、時に意味が不明瞭な場面もある.それらは狂人ともおもわれる芸術家から発せられるものであり、理性的な心の状態の常人には理解しがたいものなのかもしれない.この映画は、強者と弱者の戦いでもあり、だれが権力を持ち、その権力者がどのようにその権力を使うかについて、強力な声明を出しているのではないかと思う. ケイト・ブランシェットは私の大好きな女優の ひとりである.この映画は彼女がこれまでに演じた中で最高のパフォーマンスの ひとつだと思う.この映画では、ブランシェットは彼女の創造性の頂点にいる.少なくとも、この映画を観て、キャリアの頂点に立つ女性を目の当たりにすることは価値があると思う.映画の早い段階で、彼女のキャラクターであるリディアがジュリアードでクラスを教えているシーンがある.それは激しく、残忍で、難しい対話に満ちてる.この5分間のシーンをブランシェットはノンストップ、ノーカットで演じる.改めて彼女は素晴らしい女優だと感じた. トレーラー: https://www.youtube.com/watch?v=Na6gA1RehsU https://www.cinemacafe.net/movies/33627/

  • 9/26/2022 物語のある風景 ~(コロナ禍に開催された洋画家の個展)

    昨年8月に紹介した洋画家の個展が大阪市の阪急百貨店うめだ本店で、先日(2022年9月)2年ぶりに開催されました。初日と知人、友人を案内して他にも複数回訪れました. 今回の展示は“物語のある風景“というテーマで、絵の中に可愛いクマやネコが登場する絵も含め約40点が展示されました. 本人によると、現在の画風は小学生の頃、自宅の玄関に飾ってあったアメリカ人の風景画家ロバート・ウッド(Robert Wood)の画風に憧れて描き始めた風景画とのことですが、私が思うに、既にロバート・ウッドから発展し幻想的風景を加味した神秘的な側面が加わっているように思え、一般の人気も増しているようです. この個展に先立つこと約2ヵ月前に、この画家の所属する日洋会の展示会「日洋展」が兵庫県の宝塚市文化芸術センターで開催されました。こちらは各画家の出展作1点ずつが全て略100号という大きな物ばかりで、それなりの迫力が感じられる作品ばかりでした. コロナ禍に開催された「日洋展」に出展のこの画家の絵 “おだやかな日々を想う時“ その画家の名前は有賀麻里さんと言います.

  • 9/3/2022 盛夏8月の発表会

    ピアノ教室恒例の発表会(サマー・コンサート)が、昨年の夏に続き今年も去る8月6日に(@宝塚文化創造館 - 旧宝塚音楽学校校舎)開かれました.小学校低学年までが中心のこのピアノ教室でサックスにピアノ伴奏を付けて頂くレッスンを続けて、既に4年ほどになります.今回は24人の生徒さんのピアノ演奏の後のBreak Timeに、サックスの私と声楽とバイオリンの女性の講師との大人3人がピアノの伴奏でそれぞれ曲を演奏して、コロナ禍でも1年振りの爽快感を味わいました. 私の演奏曲はスワニー(Suwanee)/ ガシュイン作曲でした. リハーサルにて 発表会(サマー・コンサート)

  • 7/25/2022 フィルム・レビュー「クローダッドが歌う場所」Where The Crawdads Sing

    ミステリー/スリラー PG-13 スター:デイジー・エドガー・ジョーンズ、テイラー・ジョン・スミス、ハリス・ディキンソン、デヴィッド・ストラザーン 監督:オリビア・ニューマン 作家:ディーリア・オーウェンズ(彼女の小説に基づく)ルーシー・アリバル(脚本) 本あるいは映画?映画を観てから映画化された本を読むか、あるいは本を読んだ後で映画をみるか、どちらが良かったか自問しなければならないことがよくある.本と映画はそれぞれ独自の長所と短所を持つ異なる媒体であるため判断は大変に難しい. 受賞歴のある本書を3年ほど前に読んで、実際に視覚化できるストーリーがたくさんあったので、恐らく素晴らしい映画になるだろうと思った.その後、ハリウッドがこの小説を映画化していると聞いたとき、一日千秋の思いで映画化を待った.数日前にこの映画を見たが失望はしなかった.この映画は本に忠実だと思う.大きな違いのひとつは、一般的に言えることだが、本はキャラクターの背景や経験の一部に深く入り込んで書かれており、これは映画には見られない本独特の点で、映画の欠点であると思う.本を読んでいない人にとっては、キャストが下す​​決定があまりに突然で、混乱しているように見えるかもしれない.しかし、この映画はノース・カロライナの沼地の美しいシーンを映画でなければできないほど提供しており、それが大変に魅力的だと思う. 映画を見た後、私はプロが書いたこの映画のレビューをいくつか読んだ.そして私はそれらのいくつかがどれほど「否定的」であったのに驚いた.レビューをした人達は実際に本を読んだのか疑問に思った.概して彼らが同意したと思われる一点は、映画の中心である若い「マーシュ・ガール」であるキャラを演じるデイジー・エドガージョーンズの力強いパフォーマンスである.エドガー・ジョーンズはイギリス人女優で、その功績は恥ずかしがり屋で教育を受けていない南部の女の子を非常にリアルに描写している点である. 「Rotten Tomatoes」*では、映画評論家が映画に35を与えたのに、映画を見に行った映画ファンが96を与えた.これは大きな違いである!!!! 映画のプロモーションが少なかったので、私の推測だが、映画を見に行った人達は本も読んだ人達だったのではないかと思う.本あるいは映画?あなたが決めてほしい. クローダッドが歌う場所の公式予告編 https://www.youtube.com/watch?v=PY3808Iq0Tg https://youshofanclub.com/2019/04/24/crawdads-sing/ *全米の様々な作家協会・映画評論家団体が承認した執筆者による各映画のレビューが掲載され、スタッフが作品ごとに肯定・否定のそれぞれのレビューを集計.賛否の平均値は点数として掲出される (wiki).

  • 7/10/2022 フィルム・レビュー 「エルビス Elvis」

    ミュージカル/ドラマ PG-13 スター:オースティン・バトラー、トム・ハンクス、オリビア・デジョン 監督:バズ・ラーマン 作家:バズ・ラーマン、サム・ブロメル、クレイグ・ピアース エルビスの少年時代から1950年代にエルビスが「ロックの伝説」に至るまでの期間を紹介した伝記的にも正確なこの映画は、バズ・ラーマンの傑作である.映画の大部分は、若いミシシッピー出身の少年がどのようにして世界的に有名なスターになったのかを描いており、彼がマネージャーのトム・パーカー大佐(トム・ハンクスとはスクリーン上では認識できないがハンクスがパーカー大佐を演じている)との複雑な関係も示している. オースティン・バトラーは、エルビスを演じるカリスマ的な青年で、この映画を通してほぼ始めから終わりまで常にスクリーンに出ている魅力的な役者である.オースティン・バトラーは映画の中で「ロックンロールの王」をあたかも目撃していることを数時間信じさせるような外見、動き、そして声を持ってこの役を熱演している.またバトラーは映画のなかの歌を殆どすべて自分自身で歌っていることは注目に値すると思う. トム・パーカーがエルビスのマネージャーであり、スターを作った人物であることは知っていたが、パーカーは私にとっては不思議な存在であり、彼の風貌も覚えていない.あまり映画のストーリーの詳細をここで述べてしまうと観る楽しみが半減するのでやめにするが、この映画が教えてくれた一つの事実は、トム・パーカー大佐は大佐ではなく、トム・パーカーでもなかったということだ.彼はオランダのAndreas Cornelis Dries van Kuljkで生まれた! バズ・ラーマンは私の好きな映画監督の一人である.彼のスタイルは独特だと思う.オープニングにでるタイトルをみただけで、LuhrmannとわかるほどLuhrmann映画は紛れもない外観を持っている.照明、音楽、セット、衣装デザインの芸術をブレンドする彼のスキルは、他の映画監督とは異なる.ほんの数例を挙げると、オーストラリア、ムーラン・ルージュ、グレート・ギャツビーなどの彼の他の作品を読者のみなさんは見たことがあるかもしれない. 映画「エルビス」は、プリシラ・プレスリーとプレスリー一家全員から、「エルビスとエルビスの成功に貢献した人々の正直な描写である」と承認されたストーリーである.最大の映画スクリーンを備えつけた劇場に行ってこの映画を観ることを勧める. HBO/Maxでは約3ヶ月で公開されると聞いている. どちらが本物?

  • 7/2/2022 本のレビュー、村上春樹著 女のいない男たち (Men Without Women)

    この作品は映画「ドライブ・マイ・カー 英題:Drive My Car」で有名になった作品で、映画は「女のいない男たち」という村上春樹著の短編集の3作品で構成されているため、ブック・クラブでもその三作品を読んだ. <あらすじ> 1.「ドライブ・マイ・カー Drive My Car」 主人公家福は俳優で、妻は女優だったが10年以上前に死亡している.緑内障をきっかけに家福は若い女性運転手、みゆき、を薦められ雇うことにする.みゆきは家福の黄色のSaab 900コンバーティブルを無口で淡々と運転する.ある日、みゆきが家福に「友達は作らないの」と聞いたところ、家福は妻の浮気相手の高槻という男と偶然出会って「木野」というバーで飲み、その後も飲み友達のごとく何度もバーで会っては話したという.家福は「その高槻という男の言葉が心に響いたから、それ以来、友人はいない」と答えた. 2.「シェエラザード Scheherazade」 会社員男性と逢瀬を重ねる主婦は、男から「シェエラザード」という千夜一夜物語からのニックネームで呼ばれるようになる.女は逢う度に男に「女子高生が同級生の家に空き巣に入る」といった空想の話を聞かせる. 3.「木野 Kino」 木野という男の主人公は妻が同僚と浮気をしていたのを知ったのをきっかけに、会社を退職し、離婚し、その後ジャズ・バーを開く.やがて、妻が謝りに来て、野良猫が彼のバーに来るようになる.秋になると、まずその猫がいなくなり、それから蛇たちが姿を見せ始める. 〈ブック・クラブでの感想〉 ・映画のストーリーの中心になった「ドライブ・マイ・カー」では、妻の度重なる浮気を問いたださないまま、妻が亡くなってからも、現実から逃避する主人公が「自分は俳優だから、妻の浮気が頭をよぎった時には別の人物を演じる」と何度も語る箇所に興味をもった.俳優だから、というより、主人公は妻の浮気に寛容になれず「妻の人生と自分の人生は違うものだと考えられなかったのではないか?」また主人公は男のプライドが邪魔をして「正面から現実に向き合えないのではないか?」と思った. ・「シェエラザード」で会社員男性が会う主婦についての描写はひどすぎると思った.中年女性がどれだけ魅力がないかを延々と書いているのは、村上自身が女性を「物」として見ているからだと思う.彼の作品では、女性が登場した時の描写が安っぽい恋愛小説かと思う説明が多く、常に心にひっかかる. ・「木野」は本書の中でも、村上春樹ならではの異次元に連れていかれる感じを強く受けた.蛇がずっと頭をよぎるけれど、それが何の象徴なのか、結論がでないまま読み終えてしまった. ・「木野」はストーリーの展開が予想外だった.ブック・クラブ メンバーの「村上春樹が女性をどのようにとらえているか」についての鋭い意見と感想には目から鱗だった.今まで自分はそのようには考えてもみなかった. ・村上春樹は好きな作家ではなく、やはり今回の作品の感想も(ブック・クラブで以前読んだオーウェル、モーリヤック、ジョイス、イシグロの様に)読者に ”人生の味わい” や ”人生に関する何か” に気付く機会を与えたりするような作品ではなかった.つまり、本の内容が記憶に残らないと予測でき、やはりノーベル賞受賞作家のレベルとは違うような気がした(村上自身も恐らくノーベル賞を狙ってはいないと思うけれど).そして、出版が比較的最近であるにもかかわらず、女性の描写が古臭くバブル時代に書かれたのではないかと思った一節もあり、それでも彼の本が売れるのには少々驚く.但しサリン事件の「アンダー・グラウンド」は確かに力作だと思う.実際私も2000年頃のSaabに乗っていたが、故障が多くて長く乗れる車ではなく、特に日本で黄色のSaab 900コンバーティブルを乗っているということ自体が「この主人公はどのくらい目立ちたがり屋なんだ?」との考えがよぎる.今回の作品は、村上原作の著書より映画の方がよくできていたと思う.

  • 6/16/2022 音楽家と作品への雑感「ボロディン」

    第8章 アレクサンドル・ボロディン Alexander P. Borodin (1833年~1887年、53歳没) グルジア系貴族の血を引いているロシア国民派の所謂「五人組」※の一人で、本職はペテルスブルグ医学大学教授で化学者.作風はディレッタント(dilettare 楽しませる・楽しむ)であり作品数は少ない.29歳で知り合ったバラキレフの国民音楽に対する情熱と理想に共感してから本格的に作曲に取り組む.しかし着手から完成までに年月が掛かり、36歳で作曲した「交響曲第1番」を好評裏に世に出した後、「交響曲第2番」※①は着手から完成まで8年を要している.36歳頃に書き始めた代表作の歌劇「イゴール公」※②は、スケッチのみの第3幕と第4幕を彼の死後にリムスキー・コルサコフとグラズノフがまとめ上げて完成した.「中央アジアの高原にて」※③はアレクサンドル2世即位25周年祝賀行事のために作曲され、「弦楽四重奏曲第2番」※④は1881年に作曲された. ※①「交響曲第2番」はロシア的な重さが無く、これがロシア国民派の音楽かと思わせる明るい親しみやすい旋律が多い.ロシア的旋律にアジア的旋律が加わった長閑(のどか)さがあり、チャイコフスキー「悲愴」などとは明らかに違うことに気づく.往年の名指揮者ワインガルトナー※は、ロシアの国民性を知るにはチャイコフスキー交響曲第6番「悲愴」とボロディン交響曲第2番を聴けば十分と言ったそうだ.日本では音楽愛好家の間で通称 “ボロ2”と呼ばれている. ※②「イーゴル公」より “ダッタン人の踊り” は一番よく演奏される曲だが、ポピュラー音楽界では Strangers in Paradise という曲名で、スタンダード曲、ミュージカルのナンバー等で同じくらいポピュラーな名曲. ※③交響詩「中央アジアの高原にて」はロシア皇帝アレキサンドル2世の即位25周年に際して作曲された.広大な中央アジアの草原の情景描写の中にオリエンタリズムが濃厚に聞こえる. ※④弦楽四重奏曲第2番ニ長調は細かい弦の動きが良く響く、時にボヘミア的な、又時にオリエンタルな優しい調べが続く美しい曲.第3楽章 “夜想曲 Nocturne” は独奏用にも編曲され有名. 直、ボロディンについては、その生い立ちと人間性及び作品 ≪弦楽四重奏曲第2番≫ に関して、編集者の見事な紹介(※下記のタイトル)があるのでそちらを参照して頂きたい. ※「ロシア5人組」アレクサンドル・ボロディンーString Quartet No.2 (2/27/2021) 今回の雑感記録に際して、改めて聴き直した作曲家の作品リストをご参考までに下記、表にした.

  • 2/27/2021 「ロシア5人組」 アレクサンドル・ボロディン String Quartet No. 2

    https://www.youtube.com/watch?v=9YVd5efkUnw この演奏は1973年に録音されたボロディン弦楽四重奏団による. 当時のカルテット・メンバーは、Rostislav Dubinsky(ロスティス・ラフデュビンスキー)、Yaroslav Alexandrov(ヤロスラフ・アレクサンドロフ)、Dmitri Shebalin(ドミトリー・シェバリーン)、Valentin Berlinsky(ヴァレンチン・ベルリンスキー). ボロディンの弦楽四重奏曲 No. 2 は、ロシア音楽が好きな演奏家なら、チェリストと第一ヴァイオリニストにとっては素晴らしい作品である.曲想、テンポ、強弱の解釈はプレーヤーによって非常に異なるため、No. 2 をアマチュアが「うまく」演奏するのは決して簡単ではないが、1973年にレコーディングされたボロディン弦楽四重奏団によるこの演奏は、簡潔、自然、そして美しく演奏されていると思う.編集者の好きな演奏のひとつである.弦楽四重奏団によっては、生々しい感情、曲想の誇張が見えすぎで食傷気味になることもある.おそらくロシア音楽はロシア人でないとこれだけ自然に弾けないのか、あるいは当時の録音技術が単純だったのため、「生」のままのより自然なレコーディングになっているのかと考えたりもする. アレクサンドル・ボロディン(1833年11月12日-1887年2月27日)は著明な有機化学者であり、音楽家としてはパートタイムであった.また「ロシア5人組」のメンバー*(下記参照)の一人であり、この「マイティ・ファイブ」は卓越した19世紀のロシアの五人の作曲家達で、クラシックの世界でロシア独特の国民的スタイルの音楽を生み出した.彼らはサンクト・ペテルブルクに住み、1856年から1870年までの十数年間コラボレートし、ロシア・クラシック音楽の世界への促進に貢献した.」(ウィキペディア) ボロディンの養女の息子であり、化学の教授としてボロディンの後を引き継いだセルゲイ・ディアニンがボロディンの詳細な伝記「ボロディン」を書いている.この伝記は二部に分かれていて、一部はボロディンの人生が書かれ、二部は彼の作品が説明されていて、ディアニンならではの驚くほど詳細さで、魅力的なボロディンのプロフールが描かれている. 実際、ボロディンはとても親切で面白い人であったようである.ドイツ生まれのアメリカの詩人チャールズ・ブコウスキーは、彼の著書 「Burning in Water, Drowning in Flame」(1974)に、「ボロディンの生涯」と題されたボロディンの生涯についての詩を書いている.信憑性は別として読んでみる価値はあると思う. 1887年2月27日の彼の命日に、この曲が今日のBurton-Hillの選曲になっている.Burton-Hillは「ボロディンが女性の権利の熱心な擁護者であり、ロシアの教育の平等を促進し、サンクト・ペテルブルクに女性医学部を設立したことを知ったとき、私のボロディン像は益々高まった.なんと素晴らしい人間であったのだろう!」 *Russian Five: Mily Balakirev (ミリイ・バラキレフ、リーダー)、César Cui ェーザリ・クイ)、Modest Mussorgsky(モデスト・ムソルグスキー)、Nikolai Rimsky-Korsakovニコライ・リムスキーコルサコフ)、Alexander Borodin(アレクサンドル・ボロディン)

  • 5/23/2022 ”The Avant” 高齢者施設訪問演奏

    私が属するピアノ・トリオ・グループ、MONATS-Trioはパロアルトにあるリタイヤメント・ホーム”The Avant”で昨日、日曜日の午後(5月22日)に施設訪問演奏をした.初めの演奏は自立生活ができる居住者 (Independent Living) のホールで、次に擁護の必要な居住者のアシスティッド・リビング (Assisted Living) のホールでの二回の演奏.プログラムはピアソラの"Oblivion" (忘却)とメンデルスゾーンの"ピアノ三重奏曲op 66" で約一時間.The Avantは、正面玄関を入った直ぐのところにサロン兼ホールがあり、それぞれにグランドピアノが装備されている.約20〜25人の居住者が各ホールで私たちの演奏を鑑賞してくれた.車椅子の人もいれば、普通に歩ける人もいて、明らかに音楽を愛する方々で、たくさんの励ましの拍手を送ってくれた.私たちにとっては嬉しい聴衆であり、楽しく演奏できた演奏会であった. アーマチュア音楽愛好家、私たちについて _________________________________________________ 五十嵐恵美(ヴァイオリン) 東京で生まれ、7歳のときにヴァイオリンのレッスンを始める.10代の頃、東京で鷲見四郎氏に師事.現在アメリカと日本のアマチュア室内楽演奏家とアンサンブルを弾いて楽しんでいる.地元の弦楽器製作者であるローレンス・ハウスラー(2016年、カリフォルニア州パロアルト)に委託したバイオリンと、フランソワ・ル・ジョン(1775年、フランス、パリ)の2本のバイオリンを演奏している. Dr. ステファン・ルイッツ(チェロ) MONATS-Trio のロック(最も頼りになる存在)であるステファンはドイツで生まれ、ドイツ、フランス、米国各地で、大学のオーケストラ、様々な地元の室内楽グループで演奏してきた幅広い室内楽演奏経験の持ち主.現在、カリフォルニア州メンロ・パーク市に所在するSLAC National Accelerator Laboratory (Stanford Linear Accelerator Center)で働く物理学者. ノーマン・古田(ピアノ) 引退した弁護士であるノームは、南カリフォルニアで小学校時代にピアノを学び始め、Stanford大学法科に在学中に息抜きとして室内楽を演奏し始めた.40年後の引退により、ベイエリアの室内楽の友人と再び交流し演奏活動を再開. ノームの最新のこだわりは、4曲のブラームスの交響曲のピアノ三重奏用への編曲をみつけてヴァイオリン、チェロ、ピアノで演奏すること.

  • 5/6/2022 本のレビュー、レイティシア・ コロンバニ(Laetitia Colombani)著 三つ編み (La Tresse)

    <あらすじ> 異なる国で、三人の女性がそれぞれの人生を送っている.インドでは、社会階層では生まれながらの不可触民であるスミタ.幼い娘には教育を受けさせたいという願いから、命からがら娘と町から逃亡する.イタリアでは、両親が経営する毛髪加工会社を手伝うジュリア.父の事故死がきっかけで、倒産寸前の会社をまかされてしまう.裕福な男性との結婚が解決策だと母は言うが、近くの海岸で出会った外国人に魅かれる.カナダではシングル・マザーの弁護士サラ.都会の法律事務所で女性初の管理職への昇進も目前だが、癌の告知を受ける.その事実を隠し続けるが、偶然知った同僚たちは態度を変え、昇進は今まで眼をかけていた後輩に行ってしまう.困難な状況に無我夢中で真っ向から取り組む女性達.物語は三人三様の人生が繰り広げられるが、結果として三人の運命は「髪」を通じて繋がっていく. <ブッククラブでの感想> 「最初の部分からの読みやすさと、また映画界出身の作者だけあって、行ったこともないインドの駅での光景や、ジュリアがイタリアでインド人男性と逢瀬を重ねる海辺などは、私の心の中にも映画の様に繰り広げられる映像があり不思議でした.三人の女性には、どれも違ったレベルでの苦悩があるけれど、各々の女性が自分自身の道を見出していく強さを感じました.」 「人間は自然に打開策を見つけて生きていくことを感じることが多く、この本はそれを象徴していたかのようでした.スミタの日常は生きるか死ぬか、中東で勃発している状況と似ていて読みながら切迫感がありました.ビル・ゲイツがインドのトイレや水道を改善するチャリティの話は知っていましたが、この本を読んだときには思い出せませんでした.スミタの家族が代々してきた手袋も使わないでするトイレ掃除の様なリスクの多い仕事が少なくなることを切に願います.これついて、男友達に話したら、この階層の人の職が無くなってしまい、さらにビル・ゲイツがしているインドのトイレや下水道改善のチャリティに意味がなくなるから良くない、という感想を聞き驚きました.ともあれ、この本によって気づかされることが多々ありましたが、「スミタが髪を売り、ジュリアがその髪を加工し、サラがその髪を化学治療の後で付ける」物語の最後の繋がりの部分は「あぁ!なるほど!」と思わせられ、暖かくポジティブなものを感じました. 「三か所の異国に住む三人の女性の話が最後に髪で繋がるとても素敵な物語でした.差別や伝統的価値観による悩みと勇気ある行動を上手に紡いでいて、映画を観ているよう.インドに住むスミタの環境が一番過酷ですが、三人が自分の環境から脱出するその勇気は同じで爽やかな読後感でした.」 「この本を読んだとき、ちょうど「Me Too運動」の最中でしたが、登場人物の女性達が戦う相手は男性ではなく、彼女たちが置かれた環境と状況だと感じました.」

bottom of page