本書は作家である主人公の「私」が語る、ゴーギャンの半生を書いたとされる歴史的大ベストセラー
<あらすじ>
作家である主人公は、ストリックランド夫人の夕食会に招かれ、彼女の夫チャールズ・ストリックランドに会う.チャールズはロンドンで株の仲買人をしていたが、突然、家族を残して行方をくらませる.主人公は夫人に頼まれ、チャールズが住むパリへ向う.チャールズは貧しく孤独な生活を送っていた.絵を描くために家族を捨てたと話す.
5年後、主人公はパリで暮らす.三流画家のダーク・ストルーヴを訪れると、チャールズを知っており、その才能を誉める.チャールズに会うと「ストルーヴは何の特技もない奴」と冷たく言う.チャールズの暮らしは更に貧しくなり、クリスマス前にストルーヴと共にチャールズのアトリエを訪れると、彼は重病に臥していた.ストルーヴが彼の妻にチャールズを家で看病したいと話すと、ストルーヴの妻は強く反対した.だが、夫に説得されチャールズの看病をするうちに妻はチャールズに好意を寄せるようになる.終に夫を棄ててチャールズを看護するが、チャールズからは愛されず服毒自殺をする.妻の死を知ったストルーヴは失意のどん底にあるにもかかわらずチャールズを故郷のオランダに誘う.主人公はチャールズに会って、彼の家族や周囲に対する冷酷さと口の悪さを厳しく批判する.
その後、主人公はタヒチを訪れる.そこでチャールズと仕事をしたというニコルズ船長に出会い、チャールズが船乗りをしていたと聞く.宿屋のティアレはチャールズにアタという妻を斡旋した.医師のクートラはチャールズがハンセン病に感染した晩年のことを語り、彼の遺作は遺言によって燃やされたことを知る.
ロンドンに戻った主人公はストリックランド夫人に再会.タヒチでのことを話し終え、チャールズとアタとの間にできた息子が大海原で船を操っている姿を想像していた.
<ブッククラブでの感想>
この小説のチャールズはゴーギャンがモデルと言われていますが、時代背景やゴーギャンが最後に描いた絵にまで興味が持てました.「天才、凡人」、「悪魔、天使」、「拘束された人生、自由な人生」、「男の人生、女の人生」等の人生の違いから「良い、悪い」ではなく、キリスト教の教えの神の存在、運命は神が与えたものであることを語っているようなストーリーであると思います.また私は神に選ばれない凡人でよかったとも思いました.
ゴーギャンの絵を鑑賞したことも、鑑賞し得る絵心もないまま、チャールズの徹底した冷酷さ・残忍さ・狂気を「天才画家」故と案外すんなり受け入れ、彼の壮絶な生涯の物語を一気に読み切りました.モームの作品は初めてでしたが、登場人物や情景描写の解像度が鮮明で、人間の心理や世相の核心をつく言葉もちりばめられており「月と6ペンス」というタイトルのきっかけを生んだというモームのもう一つの代表作「人間の絆」も読んでみたいと思います.
チャールズのタヒチでの暮らしの描写の中で「チャールズの住まいには音がなかった」、「大気は夜に咲く白い花の香りがする」等の表現が特に印象的でした.無謀に見えるチャールズの人生ですが、彼は自然美や美術という宗教に取り憑かれ、邁進した人生だったのではと思いました.
本書の最後に引用されている "The mills of God grind slowly, but they grind exceeding small" の意味を調べてみると「神のみわざを讃える」というより、神のDivine retribution (天罰のようなもの)のようです (https://wikipedia.org/wiki/Mills of God ) チャールズが癩病で亡くなったことを神の罰だとロンドンの息子ロバートが言ったことに対して、主人公の作家は後妻アタの息子が実に自由に生き生きと成長していたのを思い出し、違和感をもったのかもしれません.日本語訳を読んでもう一度考えてみます.それにしても本の余韻を残す凄い幕切れだと思います.
モームの作品を読んだのは初めてでしたが、モームについて調べると吃音や親との別れなど、幼少時から万丈な人生だった様ですね.それが作品の構成や深さに繋がっているのではないかと思います.平坦な人生を送った作家にはチャールズの様な複雑で冷酷な登場人物は書けないかもしれません.そして、シンガポールのラッフルズ・ホテルは主人公の常駐場所だったようで、サムセット駅はそこから来ているとのこと.シンガポールに行った時には、立ち寄りたい場所です.
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